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2015
03/20

いよいよ水門解体


昨日は「南三陸マイタウン情報」の発行をするために、忙しく時間を使った。
石巻のお得意さんに配達に行き、その後で母の仙石病院に状況聴きに行き、日赤病院にも大学病院の紹介状を持って行き、眼科の主治医がお辞めになるので、また明日来て下さいとなり、今日も石巻に行かないといけない。帰りまたタウン情報の原稿を書き一日が終わった、
今朝から工場を16℃以上になるよう温め、印刷し9時には新聞店に届けないといけない。志津川町内には21日の今日には新聞折り込みをしたい。そして又石巻に向かう10時の予約となっている。
記事は志津川高校の卒業風景を伝え、長野県原村と荒砥・袖浜地区民との交流会①を伝えたい。26年10~11月の町の動きを伝え、メインに防災庁舎県有化の2か月の推移を報道から抜粋した。皆さんでこれまでの行政の対応と、町民の活動経緯を綴った。

昨日の帰り折立地区を通過した、折立に新しくできたコンビニには多くの来客で、駐車場は午後3時だというのにいっぱいだった。ふと折立川の水門に目をやると、解体が進んでいた。写真は水尻川の水門下ながら、戸倉地区は折立地区が橋と言い、水門そして河川堤防の整地・盛り土など、急ピッチで工事が進んでいた。

テレビ報道では今が旬の宮城のワカメ・メカブを紹介していた。「銀サケの初出荷」の報道に、志津川!と思い携帯カメラをテレビ前で構えた。残念。石巻だった。新しい取り組みで養殖銀ザケの水揚げ直後の「生きじめ」の出荷を始める。鮮度を保つ為にヒラメやタイも産地で実施している。今年は暖かく水温の上昇で、ワカメの出荷期間の短縮による減産が気になる。そうならないように願うばかりだ。
明日の女川の「町開き」があり、市街地の復興の進捗推移の時間の違いを思う。鉄道の開通が町復興の基本にあり、来町の玄関口の再開は町民に大きな力を与える。住民の再建もこの早期の町の再建に「町に残ろう」と、これを機に決める住民も少なくないだろう。
我が町でも鉄道の復旧の町づくりは、町外移転を決めた町民も帰れる気持ちになり、観光振興を図って行く町にとっても必須条件と私は思う。現在進む市街地の中心に「志津川駅」ができたら、町の活気は間違いがない。三陸線の開通の姿を思えば当然の考えだろう。戸倉まで線路が残り水尻までのトンネルも生きている。後は水尻川に架かる線路と嵩上げされる市街地までの復活で、町の復興に拍車は掛かるだろう。

大衡村の村長が辞任願を提出した。役場職員に対する「性的強要」「理不尽な移動」など、我が町にはないだろうか? この事件をとおして現在開催の議会でも議員が質問で、この事を取り上げたと聞いた。町長の答弁を聴きたい。
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