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2015
01/09

過去の反省と津波の悲劇に学べ


保呂羽の山は全てを見ていた。高野会館での芸能祭を鑑賞していた高齢者の、命の狭間の出来事を! 
多くの命が守られた高野会館を遺構にとの話は何処からもない。多くの職員と町民が亡くなった場所より、この場所が世間で議論されないのが不思議だ。誰も悲劇の想い出を早く忘れたい。

大槌町は津波による死者はあるが、震災後も1000人が減少し、今後も4割の人が町を離れると言う。復興計画があり高台に生活場所を移す事にしていても、多くの人が町を去る。
南三陸町も現在「14500人」と言われているが、今後3割の減少で1万人割れとなる。町の事を知り尽くした知識人は、1万人を切ると1年以上も前から言い続けている。
10mの嵩上げが進み、写真のように防災庁舎も8割が隠れる。今回15.5mの津波が庁舎を襲い「43名」の死者があったと、再びメディアでたびたび語られる。100年に一度の津波ながら、今後も直ぐに発生しないとも限らない大津波、大槌町の万里の防潮堤は、完全と言われながら町は破壊された。被災した低地部の再生に力を入れず、住民の住宅再建に全勢力を傾注する。
大きな津波を2回体験し、津波の怖さを認識する町の復興再建計画がある。再度多くの資金で町の再建をして、今回の15.5mの防災体制を取らない町の政策に、「何故?」と言う疑問を私は抱く。国県は南三陸町の津波防災を、8.7mの防潮堤で海岸線を守る。住民の生活地となる部分だけを16mの他に類を見ない防災体制にしたら、「消えた町!南三陸町」の防災計画だけで、人を集めることができる。
今回は町独自の防災体制で、これまでの経験に学ぶ事が求められるのに、目先の町づくりに特化している、行政の体質は変わりそうもない。
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