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2015
01/06

この階段も幾度登った事か


ふるさとの土を踏まずして天国に召された方々の苦痛の矛先は、誰の責任なのか。止む無く町を離れた方のなかには、「もう町に帰らなくてもいい」と、今の生活を重視し将来の生活確保に進んでいた。
年賀葉書の近況報告には「仙台で暮らす事に決めました」と、悲しい文面に「しょうがないな」と私も思い始めている。以前は「知人の商店店主達には、何故町に残り再建を考えないの」と、言い続けてきたが、町の政策と対策を見ていると、当然とも思えてきた。
震災を通しての新しい繋がりの人も生まれ、町の為にと活動した事により、復興支援と県外の団体とも交流も深めた。会社の減少により役も増えた事で、「今年もよろしく」との挨拶も増えた。平時に戻る必要性も解るが、震災の風化は否めなく、「忘れちゃだめだよ」との、メダィアの放送ももっとあって欲しい。
仮設での生活は今年の寒さで、電気代・燃料代が嵩んでいる。夏なら4千円ぐらいながら、寒い今年の冬は1万円も超えると言う。年金生活者にとって厳しい現実があり、病院も1割の医療負担とて厳しいと聞く。政府の今後の生活弱者支援に「クーポン券」と言う話があった。寒冷地の燃料費として支給もあるが、過疎地指定を受けた我が町の行政からの仮設者支援は、ソフトの面だけの支援で、現実の生活費の負担はない。
国民の税金で温く温くと暮らしている、一部の公務員の待遇を羨ましいと、国民・町民は言う。
豪雪による「孤立集落」の高齢者は、電気が来なく凍死と言う近代社会で在り得ない事も、日本で起こっていた。「過疎の町」と言うレッテルは、将来の南三陸町を暗示する。新しい町づくり計画は、身の丈にあった安全安心の町であり、観光や商工振興のバランスを考え、「頭でっかち」となってはいけなく、理想よりも現実を忘れないで欲しい。
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