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2014
12/20

歌津地区の道路整備に避難路路を見た


昨日の忙しさったらない。商工団地内の行政施設に納品を雪が解けた10時ごろから行動する。年末の支払もピークとなり、資金が足らなくなり漁協のなけなしの定期を崩し回した。
その後で気仙沼市本吉まで出掛け、小泉の「はまなすの丘」より被災した市街地を撮った写真です。光景は何も変わってなく私には写る。被災地高台の仮設にあるお世話になった先生を訪ねた。先生は来年秋ごろの100世帯規模の宅地整備地に移り生活を始める、その頃は80歳越えになるだろうか、再建の力をまだ持っている事が嬉しい。本吉の知人は震災後に若い来町者の運転の貰い事故で身体を痛め、まだ60歳前ながら家業と田んぼを止めた。寒さのせいか痛みを癒しに温泉に行っていた。個々の諸々の苦しみの中で前を見て生きている。
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帰りは小泉から「グリーンロード」を通り帰った。南三陸町の合併の中で財産のあった町「歌津」、合併前は財産を施設・道路の整備に使った。志津川は財政の厳しい中で、整備は下水道で国庫の補助を受け、合併交付金を更なる整備に使い、総てが震災津波により「無」となった。
二つの町の合併で「町庁舎建設」を約束するも、財政難を理由に建設審査委員会でも建設の中止を決めた。これが多くの職員と町民の死に繋がったと言っても過言ではない。これを私は政策の大失敗と損失として言い続ける。
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被災後に海岸線の国道45号の通行止めで、本吉まで知人の消息を探しにいった。電話・メ-ルの不通は生存の確認する「術」を失った。その時の「グリーンロード」は、歌津と本吉を結ぶ道路は途中から赤土と砂利の道路だった。昨日通ると4mの相互通行できる道路に変わり、復旧道路の役目を果たしていた。

疲れたせいか昨夜は爆睡で6時間も眠り、3時は目が覚めた。今日は「さかなのみうら」の再開店の日となった。多くの町民がまだかまだかと首を長くして待ち望んでいた。20日オーブンは「予定」に終わるかも知れなかったが、無事に多くの企業や役所の支援によりこの日を迎える。私も年末の贈り物は三浦さんと決めていた。「開店は無理だろう」と思っていたが、「成せばなる」で店主・社員の尽力に感謝です。




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