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2014
12/16

私の暮らした本浜はこんなにも変わった


土曜日に本浜の防潮堤に上った。チリ津波の5年後の誕生日である私は、5月24日の津波襲来に関係し、津波と共に人生を送り、その3分の2の過程の途上と認識する。たしか5.4mの防潮堤もあの津波で現在は地盤沈下・嵩上げで2.1mの高さとなっていた。
防潮堤からの景色は大括りで、海の荒島を見る光景は変わらないが、内陸地はあの街並みは消え、津波襲来で瓦礫と化した市街地は嵩上げが進み、新しい町づくりの途上にある。しかし、町づくりの後の町民の平安な営みを、想像する事を私はできないでいる。
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今を生きている事を、家族と一緒な事と、何とか家が持てた事と、仕事ができる事・皆さんと一緒に楽しめる事など、多くの幸せを噛みしめ生きている。
昨日は92歳の父親である社長と共に仕事をした。まだまだ元気な父は耳が遠くなったものの、この年にしてまだ伸び伸びと老いの人生を送っている。78歳の時に40歳の次男の私に会社を任せた。昨日は一つの仕事の共同作業で印刷をした。誰もが92歳の親と59歳の息子で仕事ができる事を、幸せな家庭と思うかも知れない。しかし、現状は母の施設生活と父も持病を持ち、私も生活習慣病の合併症と闘病中でもある。
家族が助け合い家業を続け、支えてくれたお得意様の為に自分の為にと、細々と印刷業を引き継ぎ経営をしている。親が子を、子が親を心配しなから片寄せあって生活をしている。こんな穏やかな暮らしがいつまで続けられるか私も判らない。
現在、親子の繋がり絆が希薄となり、色々な事件が発生している。子が親の背中を見て育つ事で、人間の道徳を学び、人としてしてはいけない事を学ぶ。自分だけが良ければイイと考える人が増えた。
震災で地域の繋がりもバラバラとなり、子供を叱る人は減り、他人が我が子を叱るとそれに激怒する親が増えた。。理不尽な子供に対する暴力は別として、自分が一人で生きられる力が養えない環境が今ある。私は身近な子供は愛情を持って叱る、それが必ず子供の為になると確信し指導してきた。
今日は10年前に中学校で剣道を教えた生徒と忘年会をする。幸せがこんな所にもあった。

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