FC2ブログ

2014
10/31

何してんだが!


今日のブログ更新はこの時間となった。
色々な来客があり、社会の動きでも大きな物があった。午後に保険屋さんが来た、今回の入院のへ保険給付の申請用紙と説明に気仙沼から来た。今回の入院の3日間があり、26万の保険適用支払額で「高額医療証明書」の提示で8万円の支払いとなった。3割負担なので100万に近い手術・入院費が掛かった事になる。我が家は国民健康保険の恩恵に大きく依存し、生計が成り立っている。3日からの入院給付となり対象とはならず、手術給付で5万前後となれば嬉しい。また、新築の家にベンキが掛けられ、住宅の保険が適用となるかの、別の保険会社ながら、加害者が修理する事なり、保険金の給付は難しいと言う。はっきりと言うとできないである。

夕方のニ―ュスで石巻市に「国立の震災記念公園」を造る方向で、宮澤復興大臣が記者発表をしていた。今回の震災復興の象徴は「南三陸町」であると、多くのメディアや報道であり、議場で行政に「我が町はそんな立場にある。」と、常々言い続けていた。そんな中で首長は「防災庁舎解体」と、紆余曲折し最終的な判断で、「解体する」と言う。最近の世間の風潮では、震災遺構として防災庁舎の存続を言い、町民・遺族の中に「何処で手を合わせればいいの?」と、存続の方向に気持ちが傾きかけている中で、国の「祈念公園」の石巻市への建設構想は、風化しつつある「南三陸町」の更なる疲弊へと向かう事が目に見えている。

「ショッピングモ―ル」の建設が現実味を帯びてきた今、「祈念公園」の西岸への整備は、管理維持費の町財政からの支出があり、財源の確保がならないと言う理由から、用地の縮小と早期の記念公園の整備もならないままで、今に至っている。「防災庁舎」のどうするかの記念公園が現状としてある。商店街の整備だけに政策展開を強調する取組が、町にとってマイナスの方向へ傾いている気がする。持ってる残った財産そして開発を、将来への町の復興に同時に進行すべきと私は思っている。

スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 20:07 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP