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2014
10/20

一つの「輪」となって


私の戦いは何時まで続くのだろうか? 理不尽な人達への「怒り」が、自分の行動の力となっている。昨日はひと時の安らぎの時間を過ごす事ができた。

昨日は今週の志津川地区町づくり協議会の資料が届き、人口減少の地区ごとの人数が示され、志津川地区に置いては、1880人が町外に流出していた。逆に入谷地区の117名の増加となっていた。戸倉・歌津の両地区も大きな減少が見える。震災死が751人で町の人口減が「2788人」あり、震災前から比べ3539人が町から消えた。地元の志津川地区の1880人の減少は、落ち着いた数字と思うが、南三陸町の人口は今後も減少は進み、26年9月現在の14276人から、10年間の復興計画の町の再建の途上で、1万人弱と予想する数字も、まんざら架空の物でもない気がする。
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午後から南三陸町歌津の「みなさん館」に出かけ、地元の野菜を買い求めに行った。入谷よりも現在は歌津の方が近い。お昼の焼そばや野菜6品で740円、地元生産品は新鮮で安い。石巻の「道の駅」よりも格安だ。ス―パ-と比べると2~3割は違う。
その後は荒砥の介護施設「いこいの海」に、母と会いに父と出かけた。この日はビデオと写真を持って、家族三人の鑑賞会となった。震災直後の被災地報道の取材の二人のビデオは、倉庫での介護生活の姿で、こんな事があったと再確認した。「一人では逃げられない、一緒にいる事が私の人生」と言い切る父の言葉、母は父親の事を「頼もしく安心できる人」と、報道の記者に寝たきりになってもしっかりと言っていた。今から一年前は、膝を悪くし体重の増加もあり、車イスの生活となり、「認知」も進んだ状況から、施設の入所を余儀なくされた。なかなか変わらぬ現状ながら、ビデオ映像で父親と私の名前まで昨日は言えた。家族が定期的に寄り添い、映像や写真で共に振り返る事で、年老いた頭の活性化になる事を知る事ができた。

帰ってから父親と今後を話し合い、私のこれからの考えを聴いてもらった。その後は体の為に「ジムへ」と思い出かけると、商工団地メイン道路は大渋滞で、バスケットのBJリ―グがアリ―ナであり、その帰りだった。ジムが休みだった事を思い出し、「どっ」と疲れで昼寝をした。大きな会社にとっての問題や出来事を乗り越え、また、第二次の問題に向かう。

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