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2014
09/24

NHKの志津川病院の検証


昨夜の「志津川病院の震災の現場からの検証」が、夜8時から教育テレビで自治体病院の震災対応と、緊急拠点病院の石巻日赤の震災時の活動により、今後の医療機関としての「防災対応の在り方」について、震災現場の菅野医師の証言を元に検証をしていた。映像は病院への津波襲来の映像で、サンポ―トと今も残る「高野会館」の間を、津波が勢いよく志津川病院に向かい押し寄せる、初めて見た映像に、現場の危機感が伝わってくる。

このNHk教育の「医療機関の検証」の放映に関して、仙台局の方から志津川病院の震災前の写真を探している中で、私のブログに震災前の病院の写真があり、「使わせてくれませんか」と、担当ディレクタ―から連絡が入り、「被災地の為になるなら」と快諾した。後に別な所から写真をお借りしましたと、再度連絡があり、「23日の夜8時放送です見て下さい」と、電話を切る度に話され昨夜見て、ビデオにも録画した。

その中に千葉茂さんいた。震災前から良く我が社に年賀状を注文されている方で顔も知っていた。脳梗塞で入院中に津波が病室を襲い、患者の3分の1が職員の人力により屋上に運ばれたが、千葉さんは病室に残る事となり、津波が引き病室で波に巻かれても生存していた。10人が津波の中で生き延びていた。12日に当地方の緊急病院の「石巻日赤」に自衛隊のヘリで搬送された。病院には平時の10倍の患者で埋め尽くされと言う。限られた医師・看護師による患者対応は困難を期した。そんな状況下で「トリア―ジ」と言われる診察手段を取った。生死の緊急を要する患者や、既に治療しても助からない方、まだ大丈夫な方に分類し、重篤な患者からの治療をしていく方法だった。千葉さんは「黄色」の紙でまだ大丈夫の判断が下された。しかし、6日目に亡くなられた。当時は津波よる怪我人よりも、介護の必要とする患者が多かったと言う。当時の日赤の看護師は「緊急搬送者」への、トリア―ジの治療順番に悩み苦しんだと話す。
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志津川病院での入院患者は106名で、菅野先生は「一人・一人と息を引き取る姿を見届けるしかなかった」と言う。屋上には患者職員「63人?」が津波を逃れ、寒さの中で7人が息を引き取り、14名が12日に石巻日赤に搬送された。総数が35名あり一週間市内で4名が亡くなり、志津川病院からの14名搬送のうち4名もが後に亡くなられた。

震災から3年半が過ぎ、震災の検証は時間が経つ事で記憶も薄れ、検証により将来の防災体制の新たな構築へと繋がる。防災医療センタ―の医師は、災害などの緊急時の医療の在り方は、こうした情報の収集分析される事が必要で、現実に見合った体制づくりが出来ていくと言う。

拝啓NHK仙台支局様、多くの町民が亡くなった公立病院の検証が、こんなにも今後の防災にプラスとなるなら、南三陸町の防災庁舎の津波襲来時の職員・町長の行動の検証を、関係者の記憶がまだ残る内にして欲しい。自治体の防災体制の新たな指針となるよう、国営放送として南三陸町の防災庁舎の本部体制づくりは、どうだったのかを検証する事が必要と思う。全国の自治体もきっと「検証結果」を待っていると思います。屋上での出来事を職員の行動を検証し知る事や、その町民として当時を見つめる義務がある。町民の為に命をかけて、町を町民を守ってくれた職員の事を!

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