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2014
08/15

家族三人が一つに


福祉施設に母が入所し1年余りが経つ、5月10日に自宅の建築許可が下り、建設会社の完成予定が伸び、「早く、早く」と最速しての毎日が続き、4月17日の「引き渡し」がされた。4か月間での完成が11か月間も掛かっての自宅建設があった。しかし、まだ問題の山積しての建設業者とのやり取りが続いている。

早期住宅建設の目的は両親の生活そして送り場所の確保があった。会社の再建と自宅の建設の二つの取組の中で、借金の額はどうでもよく、とにかく家を建てる事で、大きな二つの問題を解決できた。
お盆入りの昨日、母を家に施設から連れてきた。施設での介護車での送迎はできなく、自分の車で迎えに行った。私の車は車高もあり、足踏み場に布団を敷き、そこに寝かせて自宅まで運んだ。
車椅子の生活があり勿論母の為、玄関・室内をバリアフリ―にした。少しの段差はあるものの難なく家に向かえ入れた。母は2年間住んだ敷地内の倉庫も記憶が定かではなく、自宅とて何なのかは解らないようで、私たちの説明に「あ、そう」と言葉を連発するだけだった。
対面式の台所とリビングに通し、「ム―ス系の食事を」と施設の指導もあり、私の作った桃のジュ―スを「美味しい、美味しい」と食べてくれた。食べる事の大好きな母、家に帰って来てもらっても、何も喜ぶ事をして上げられなく、まんじゅうを半分にし水を加え、これもム―ス状にして母に振る舞った。コップを口に運び一気に飲み干した。父は「そんなに急いで飲まなくても」と言う。「甘くて美味しいごだ」と笑顔で答えてくれた。
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母の2時間余りの帰宅、父は気を使っての車同乗に、「しばらくぶりで車に酔った」と、体調の異常を訴える。とりあえず震災後の三人の苦闘からの脱却ができた一瞬だった。皆さんからの支えの元で、何でも一人で決定し失敗の中でここまで来た。
両親は共に90歳で私も58歳となり、世間で言う「老老介護」の始まりである。住宅ロ―ン返済と機械設備のロ―ンが現在あり、金融機関の期間の72歳までの返済に努力するしかない。今から14年間に色々な事が千葉家には起こるだろう。もうどこにも頼る事は難しく、自分で解決して行くしかない、両親の手伝いも欠かせない現実として、家族助け合って生きていく。
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