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2014
07/01

町の実態を知れば知るほど空しい


昨日は5月の南三陸町の状況を地元新聞で、一気に読み現実の寂しさと、震災から復興の対策での、町民離れに驚き、その真実の把握を公表していない、町の姿に空しさを感じる。

他人任せでは何も前に進まなく、住宅建設も「坪40万」での格安の業者選択がありそのツケが、期間の延長と自己での業者を探し、ここまで来た。昨日で自宅の予定だったアスファルト舗装も、終わり5月10日からの住宅建設を終了した。

南三陸町の大震災で3300世帯が被災し、意向が示されない町民が650世帯ある。既に町外に出た人や、老人ホームに入居した方など、諸々の被災後の生活があるようだ。行政からの報告は自己の今の生活に、何のプラスともならないから、行政へは自己のこれからの意向を示さないのだと思う。気仙沼地区でも人口減少なのに世帯が増えている。南三陸町も同じで、家族が分離する事で被災者支援策が、対象となり再建にプラスとなるからだろう。

志津川地区の3地区の計画が2割減少、計画の修正が余儀なくなった。
東地区は防集135戸(46戸減)、災害公営281戸(89戸減)
中央区は防集135戸(10戸減)、災害公営147戸(24戸減)
西地区は防集70戸(20戸減)、災害公営98戸(27戸減)
合計で防集は359戸で76戸減少、災害公営は526戸で150戸減少となった。私の会報では25年11月には、議会での私の集計で防集388と公営442戸であり、26年2月では議会広報の情報では、防集435戸と公営526戸であった。結果的には住宅建設の難しさから、多く戸建が公営住宅に変更したようだ。

町の報告からの志津川市街地住民戸数は961戸から、885戸となり2割の650世帯の動向があるが、半分の増加も難しい気がする。
余生を考え自分の行動や生活設計を立てる。多くの町民も自己での再建は、自己の置かれる環境から、これからの生活を考えている。

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