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2014
06/11

この地に生きる


今日は9時に気仙沼に向かった。歌津と本吉の街境で、会社に物忘れで戻る。父親の事ばかり言ってられなく、知人も物忘れが酷くなったと言っていた。
法務局・税理士・外注の用事で行く、一番最初に目に付いたのが写真の、「気仙沼未来予想図」だった。市民に気仙沼の復興の姿を描き、毎戸に配っているかは判らないが、カラーで描かれた未来の市内を想像する地図を見つけた。市街地の嵩上げ造成、道路の整備が南駅前で大きく進んでいた。子供たちに高齢者に夢と元気を与える物として、少しでも力となっている気がする。
我が町にはイベントが多く、心の支えとなる活動が少ない感じがする。内々でタレント・歌手の方々が来町が未だにあるが、観に行けるのは足の確保ができ、ある程度生活の先が見えている方と、行政や開催関係者にそのチャンスがある。広く多くの被災者の心の癒し、ひと時でも被災者に笑顔が戻るよう、主催者の心配りをお願いしたい。

法務局に行った訳は、私の本浜町の10坪に満たない土地に、「建物」が残っていると登記にあった。町の担当に書類を持って行き聞くと、「おかしいですね」「法務局で聴いて下さい」と言う。10坪の土地は既に町に買い上げられているのに、全くおかしいしい話しだ。工場・本宅として2筆の中に建てられていた。祖母名義の70坪は「建物滅失」として登記され、私の10坪には建物が残っている。こんな馬鹿げた話しはない。書類を提出し25日にまた来てくださいと言う、国権で被災地の土地は現場確認だけで、「建物滅失」と認定する。混乱の中での国のお役所仕事はこんな物かと、被災者の苦悩が同じようにまだまだある。

今日も仙台からの来客があり情報を聞く、塩竈では仮設生活者に市から支援金が出ていると言う。勿論我が町は行政からの報告で、「義援金の配布は終わっていて、今後もない。」との報告を、昨年10月まで議員と「耳にたこ」がでるまで幾度となく聞かされた。税収減での枯渇する町財政は、震災でのハードの部分に交付金は使っても、心の寄りどころと言う生活資金の支援は無い、復興交付金からの捻出はできない部分だ。
東松島市では昨日162世帯に、造成した土地の引き渡しがあった。7つの団地の内5カ所がこの戸数と言う。これで震災による土地整備の20%で、我が町は何%と行政に問いたい。災害公営が9月引き渡し予定で、100戸余りで何カ所かの「防集」の土地の造成は港地区など終わっているようだが、電気や水道など外構部分はまだできていない。藤浜の防集は昨年らい行ってみてはいないが、ここも終わり引き渡ししていると聞く。
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小野寺防衛大臣のポスターを気仙沼で見つけた。「この地に生きる」とポスターにあり、やっぱり五典氏は我が町のトップとは違う。
何で他の被災地と我が町の災害支援や、復旧が大きく違うのは、行政の取り組みなのか、政府の被災地再建が遅いのか、「何でも言って下さい」と他の大臣は言うが、言って何が解決できると言うのか。

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