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2014
06/01

今日と同じ青空の碑だった

2011-05-16 09.56.50
津波からも我が社の中工場は、4台の機械と共に踏ん張り残った。「負けるもんか」との千葉印刷の精神と魂が、100年に一度の大津波でも、多くの家々が倒壊・消失した中で、この場所で生きて来た証を残した。大型重機での解体も、被災後の多忙の中で偶然にも解体を見届ける事ができた。何時に解体も立ち会う事の行政の連絡もない当時、「以心伝心」で生まれ馴染んだ会社の魂が、心に体に伝わった。今も多くの映像には知人・仲間の記憶が残り、場所に行った時にその顔を思い出す。

昨日歌津皿貝で交通事故があった。昨日は好天に恵まれ「防災庁舎」には、大型バスと乗用車で駐車場が、いっぱいとなっている光景に、今だに違和感を感じる。知人が朝にメールをくれた。事故は「死亡者」がでた、それが「ボランティア」の方だった。事故理由は解らないが、見通しの良い道路、何らかの理由の複合による自己発生があり、交流支援の人口はこうした事案の発生も、町は視野に入れ安全対策を講じる義務を思う。被災地の交通安全に、県事業で被災者雇用での安全啓蒙の人たちが、路上で安全を訴えている。緊急雇用・被災者雇用がいつまで続くかは、国の被災地救済事業が完了するまでになる。被災者の高台移転がまだまだ先で、この町民再建が落ち着くまで、多くの被災地支援事業が続くが必ず終わりはくるし、そこまで来ている。自律をもう考える時期にきている。

特別公務災害が「行政職員殉職」に適応される。43名の職員の殉職と言われ、その内33名が対象で、31名が認められ2名も今後認定されると聞く。漁業者の今後の厳しい現状を聞く。「頑張る漁業」のワカメも3年を終え終了し、牡蠣養殖もあと一年と言う。漁業の再生は済んでも、その経営は厳しいと話す。
私の8坪の土地は町の買い上げが終わったのに、法務局にはその土地に建物が存在すると言う登記の連欄に驚いた。町に行くと「法務局が調査に来たときに建物が残っていたのでは」と言う、72坪の自宅・工場と一緒の「8坪」だったのに、「法務局に行って申告して下さい」と言われた。町が買い上げた土地、訳が分からない。何故かと言うと住宅建設で登記での、被災者登記の減免処置に建物が存在していると、減免の対象にならないと言う。「まったく!」被災者への対応の政府機関の不備と、行政の所用業務多大による、町民の再建への諸々の問題に、自己で当たらないといけない現実に、「被災地再建はもうイイ!」と気持ちも募る。

今日は母の弟さんが来る。お昼を持っていくから一緒に食べましょう。との来客に感謝である。両親の兄弟も70歳を超え個々に大変な中で、仙台からの来客に老人ホームの母もきっと喜んでくれる。
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