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2014
05/27

お母さんありがとう


昨夜は6時30分から、南三陸町志津川の「グランドデザイン」の報告会があった。熊研吾氏により志津川市街地の、これまでの復興計画の姿を地区民に発表した。私は「町づくり協議会」で熊氏の描くデザインは、資料として配られていた。細部の本人による説明は、行政からの委託者の説明は説得力に欠け、報告には説得力を感じた。
コンサルタントはまだ決定していないと、町長と担当課は言うが、熊氏と言う事は町協会員は薄々気づいていたと思い、それで間違いない。東京大学教授であり、多くの自然と調和して、海川と緑の融合と、街づくりによる観光と地元の人たちとの交流と、伝統の継承を大切にする、多くの建築設計があった。登米市の「能楽堂」や東京の「歌舞伎座」など、世界に通じる建築物を設計していた。この人ならと思うし、何も隠す必要はない。しかし、「市街地再建グラントヘデザイン」はもう決定していないと、町の設計計画はないに等しい。

5月24日何気なく朝ラジオを聴いていた。「南三陸町・・・」に耳を凝らした。番組の中で「花束をプレゼントする」と言うコーナーで、電話してきたのは「しげるさん」、いつも妻に家庭の総てをまかせっきりで、名取に在住で昨年母を亡くしたと言う。まさか。繁さんの話が続く、普段は何も言わない母が、「千代子に感謝している」と言っていたと話す。実家が南三陸町で震災により家は流失した。そんな中で自分の母の看病と、実家の両親と兄弟の事と頑張って来たと言う。繁さん一言のアナウンサーの問いかけに、「千代子は今日誕生日」「お母さん、いつも私たちの事を考えありがとう」だった。「これからは大好きな楽天を応援に行きましょう。」、「後一年で定年となる、これからは一緒に・・・」と話していた。
話しの中盤で誰かは気づいた。チリ津波が誕生日は以前聞いた事があった。私と同じで、被災後は大久保仮設にいて、近くに千代子さんの母の仮設があり、お母さんからこないだイチゴを買った。繁さんは宮城県志津川合同庁舎に若い時勤務し、そこでの旦那さんとの古き出会いも、まんざら偶然ではない気がする。戸倉に仮設住宅建設の申請に行った時の方が、繁さんの上司だった事もあり、自然の導きに驚いている。
今夜は眠れない。今日の緊急の仕事依頼に追い回され、朝9時には行動しないと、お客様の注文に応える事はできない。頑張れば何とかなるものです。
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