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2014
05/16

志津川平磯地区の状況


介護老人ホームからの帰りに、今回の津波の前の年の、チリからの津波襲来の放送を受け、映像に収めようと陣取った場所に来た。母の日の11日に撮影した南三陸町志津川湾の平磯地区です。
この時の津波の襲来は「海底を津波が走った」と実感できた。決して大波ではなく海面が盛り上がるように、海上の船が舞い、見る見るうちに防波堤が海に沈んだ。養殖施設の吊されたカキが影響で流され、筏が煽りを受け被害となり、入り江の最後にその津波が姿を現した。海上の海面では陸地に到達すると、テレビ映像のような白波・大波となり、人間の生活地を総て奪った。今回の津波がそれである。
こないだ数字の小さい資料を見つけた。「東南海トラ地震」による、被害となる都市の津波の波高を示した物だった。現在生活する場所が海の近くは怖いが、地震から津波となったら「早く逃げる」、命あってこその喜びがある。今暮らしの中で貴重品をどう確保するかだけを、準備しているだけで良いと、今回の事から思えた。農協の地震保険は津波被害ながら、満額の半分1000万円が給付され、事業の再開の元金となり、4か月後の事業開始となった。命あってのものだねを、現実の事として実証した。

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平磯地区の高台にできた、住宅再建の高台の土地が広がっていた。津波で海岸線の集落は消滅し、平磯の栄えた集落から500mの高台がここです。高台からは志津川湾がしっかりと見え、以前の生活の風景と変わらないようだ。ここなら「津波が来ても安心」そんな場所です。地震でも怯える生活はないが、これからの住宅再建が大変と思う。身内に大工さんがいても、基礎から棟上げ・内装など1年はかかり、その手だての無い住民は2年から5年と、「終の棲家」の道のりはまだまだ険しく先に思える。
現在町内あちこちの山肌の赤土が見える。高台の造成の加速が目に見えてきた。気仙沼市・南三陸町は「過疎地域指定」となり、現在復興交付金で復興計画するもの以外に、新たなハードな環境整備に関しては、「起債」借金しても整備ができると言う。箱物ではなく道路整備などの「う回路」の、生活の利便性のある使い道をお願がいしたい。南三陸町が「過疎の町」、誰がこんな事を考えただろう。震災で長引く復興計画の進め方や、その中身に問題がある気がしてならない。人が町から離れている現実が「過疎の町」へと繋がった。
女性が87歳で長寿世界一となり、男性の平均寿命は「80歳」となり、私も残り22年でそり年を迎える。今まである程度自分の生き方を貫いてきた。今後も変わる事はないが、このままで天命を待つ、こんな考え生活を希望する。
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