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2014
05/12

母が小さくなった。


家の引き渡しから3週間を迎えるが、まだまだ部屋には急いだままの、引っ越しの荷物が整理されないでいる。
仏壇の「芯入れ」の儀式を叔父にやってもらい、流出した家から先祖の霊を迎える準備が整った。芯入れのお経を聞きながら、これで昔の千葉家の姿に戻った気がした。
昨日は「母の日」、「何かしてあげないと」と大震災から生き抜き、現在は施設で一人暮らす母に、一輪のカーネーションを持って行った。ベットで布団に包まる母は、「何時帰っぺ」と帰れるものと信じ待っているようだ。体調も落ち着いているようだが、寂しい顔で小さくなっていた。家に連れてきたいとの気持ちは募るが、父と二人で母の介護は難しい。できれば一時的な在宅介護もして上げたい。
町議会の議長の父が亡くなり、今度はお世話になった方々の訃報が続いている。志津川入谷と繋がりのあった「沼田落葉」さんが心筋梗塞で急逝した。作詞作曲した織姫慕情があり、「ひころの里」のシルク館の、センサーによる繭産業の隆盛を歌にした歌で石碑が今もある。落葉さんが町の為にも寄贈した物だった。また、歌津舘浜の「津竜院」さんの奥さんも、旦那さんの元へ行くかのように亡くなった訃報を昨日聞き、私自身旦那さんの分まで幸せになって欲しいとの思いが、途絶えてしまった事へのショックがあった。
「桜植樹祭」に行ってきた。開催代表の加々美氏の挨拶で、「南三陸町は2011年世界の地から消えた。一瞬にして消えたとしても世界のメディアは一斉に伝えた。災害の希望の動きを考えた時を、思い出したくない。」の言葉は、新鮮なメッセージとして、私は心を打たれた。
地元のコーラス団体の参加があった。「コール潮騒」さんは震災で会員がバラバラとなり、会の洋服も流され一時再会を諦めた時があったが、歌で被災者の皆さんを力付けたいと、再度グリーンのTシャツを新調し活動をスタートした。
会長の挨拶・司会者の団体紹介の言葉・活動の姿に心を打たれ、出かける事で新しい希望が生まれた。10年後20年後に「5000本」の桜の植樹を続け、桜の花が溢れる南三陸町になるよう活動して行くと言う。私もピンクでいっぱいになった南三陸町を見て見たい。未来への希望が芽生えた気持ちとなった。
今日はゴミを片付けにクリーンセンターに行く。植樹の写真を活動の姿として収めたい。

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