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2014
03/02

災害への映像は語る


昨夜はフジテレビ55周年のバラエティーで土曜の夜を楽しく過ごしていた。政治から震災支援から少し離れようとの気持ちが、何も出来ない事で諦めの境地になってきていた。そんな時のNHKの震災ドキュメントの「災害へリ~映像は語る~」に目を奪われた。出来る事をやろうと言う気持ちが募った。
仙台市・名取市の平地を襲う津波の光景を、災害ヘリが津波被災地の記録収集で飛ぶ、救助活動は出来にく、12日の翌日から始まった。志津川中学校の上空の3機・5機のヘリのライトがあった。しかし、当日は「危険と」着陸が出来ない状況が、向かいから見た私の「なぜ」だった。このドキュメントから知った。
松島の自衛隊航空基地も津波の被害を受け、航空機を失った。近隣の出動できる基地から自衛隊機が上空を舞い、11日は状況把握で、12日から救助にあたったと言う。勿論、志津川病院の屋上の避難も確認し、夜明けとともにヘリでの救助搬送、陸上から自衛隊の救助の活動が自衛隊の映像として流れた。
全国から200機のヘリが、被災地全県での活動をした事に感謝である。
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岩手県山田町の津波・火災の状況も伝えていた。志津川においても新井田地区の火災があった。山田町の悲劇は津波で2400戸が瓦礫となり、津波で助かりながら火災で160名余りが亡くなった。消防隊員は言う、子供を抱えた母親と子供が骨となった姿に。当時の光景を想い出し涙していた。火災はプロパンガスの爆発で、ボンベが壊れガスが至る所で発生し、1時間後には各所で火災が発生し、山田市街地は火の海となった。ここでも消火ヘリが出動し炎症を防いだ。
多くのヘリが飛んでいた中で、空白区が「牡鹿半島」だったと言う。震災まもなく捜索ヘリも、半島の小さな入り江の集落は跡形もなく、人影も無かった。そんな捜査の中で高台のグランドに「SOS」「ミルク」「汚物」などの文字を発見する。津波発生で海岸部の人々は高台に避難していた。
女川町では今年には200戸の災害公営住宅ができる。震災直後から町の高台のグランドを、住民のために、早期造成を図った。被災者は「綺麗で早く入りたい」と話す。3年目での完成だ。土地が少ない入り江に開けた狭い平地の町ながら、町長・行政は住民の生活対策に大きく力を傾注した。
メディアの情報は、最新の被災地の活動であり、震災復興が遅れている我が町は見習うべき所が多い。今まで行政に異論を持ち、町長に意見していた人たちは、多くが町を離れ、町外で再建や生活を始めている。
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