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2014
02/14

仕事ができる事は嬉しいが


年度末を前に何とか仕事が動いている。先週末の宮城の32㎝の積雪は、山の上の牛舎改造の工場までの、1K足らずの行き来なでも大きな障害となった。
国道から町道の小川沿いの道路がただ一つの交通手段で、35㎝にも及ぶ積雪は一週間がたっても、溶ける事なく車は蛇行を繰り返し工場にたどり着く。車の足を取られると「右の水田」「左の小川」への落下が、通行するたびにハラハラする。
自分が早期の工場再開へ取り組んだ事に間違いは無く、石巻の91年ぶりの大雪の異常は、人間は我慢し努力し生活するしかない。納期のある仕事には、自社の現状など猶予するなど、そんなに甘くない現実がある。従業員が工場へ行くにも、私の4輪駆動者でないと行けなく、いちいち送って行くしかないのが現状だが、在り得ない現実が目の前に広がる。
被災しての苦悩の原因は、住宅建設の9か月経っても完成にいたっていない事に、総てが起因する。町の復興も住民の土地確保も順調ではなく、個人再建も多くの問題が山積する。
CIMG5633.jpg
何処かの山国のような写真の場所が現在の会社工場です。

昨日の「町協」、町づくり協議会高台移転部会は、大雪と会員の都合が重なり、6人の参加確認があり委任状10人で会議が成立した。急遽参加できないが2人あり、4人の会議となった。
傍聴の男性は言う「この人数で会議になるのか」と、確かに高台移転部会の出席率は、最近6名と同じ顔ぶりがある。部会長・副部会長と部員の二人で、この日は「コレクティブタウン」について、高校生が先進地視察の報告があった。コモン(集会所)の様々な活用の在り方、役割・利用方法などが、高校生の視野で「こんな形」と提案を頂いた。
私も部員の出席率に違和感を感じていた。しかし、南方仮設・歌津の仮設・雪の様々に散らばった方々は、今回の解けない雪道を会議に出席するのは厳しい。毎月の開催を計画するが、会議が同じような内容の気がする。2か月に一回でも今の状況なら良い気がする。災害公営も防災集団移転も、「個別面談」へと移り、被災住民の今後の方向性が決定へと進んでいる。
5月には防災集団移転の、志津川の三地区が住民意向が決定する。私はいつも言うルール作りの必要性は解るが、3地区の場所を決めた住民が顔を合わせて、初めて前へ進み諸々の事案が決定して行くと思う。
28年3月に土地造成が終わると「議会だより」に掲載されていた。後2年間が掛かるが、2年間は場所の決定期間としては、そんなに長くもない感じがする。
被災し自分の生活の時間を割き、他人の為に尽力するかと言うと、そんな余裕は50代60代が多く残る南三陸町民にはない。移転部会の会員募集は現状からも厳しいだろうが、今後も私は参加し続けたい。本浜地区民・志津川市街地の住民への、情報発信を続けていくためだ。昨夜も6時から9時で時間を費やした。


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