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2014
02/13

迅速な県の工事


水尻川河口に朝行って見た。橋を渡る時に橋の隣りの工事が気になってもいた。何の工事かと言う事を知人に聞くと、震災前のコンクリートの橋は半分が残り、その川にある橋の残骸の撤去だと言う。今後の河川堤防と嵩上げの橋は、現在の橋の直ぐ隣の上流に10mに、その高さを超える橋が出来る。
震災後からこの場所は荒島ごしの日の出、松原住宅の解体の姿、一次瓦礫置き場となり、現在は破砕瓦礫や土どり置き場として、震災瓦礫の混合土の製造はとして、テントを張っての作業現場だった。現在は土が高く盛られている。
今回の30㎝を超える雪は、この場所に残った「ちんざんてい」の住宅の生活者や、20世帯余りの仮設生活者の生活の障害となっている。急な坂道の凍結や、登れない時の下の駐車地の、低気圧や高潮などの浸食の影響を受けていた。
小中学生か徒歩で登校をし遠くに見える学校まで、雪と凍結道路の通学を見たが、きっとたくましい強い大人になると思う。この環境に子供と暮らすのは大変だろうが、南三陸町で最後まで生きようと、同じ気持ちで私も頑張るつものだ。

「必死」という言葉「あかしやさんま」が彼なりに分析していた。「必ず死ぬんだから」「人は必至に生きれる」「どうせ死ぬんだから思い切って生きなさい」と、こんなメッセージと受け取った。今年5月で58歳となり、2年で60歳還暦となり「おじいちゃん」である。最後まで自分なりに自分らしく生きて行こうと決めている。圧力や失敗そして孤独を恐れていたら何もできない。どうせ生を受けたのだから子供達にも、夢に向かい高い目標に向かって生きてもらいたい。

子供の衝動的と言われる「自死」は、積もり積もった心の不安が原因と思う。周囲の環境と家庭の子供への注視の減少で、「うちの子は」と何の意味も無い過信がある。私の同級生は高校を卒業後の同級生が3人も「自死」を選んだ。みんな町を離れての死だった。被災地で暮らす仲間とは「無理するなよ」が互いの合言葉だ。いま還暦祝いの準備が進んでいる。
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