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2014
02/01

復興への槌音


先週の臨時議会で地域防災集団移転が、全て議会で採択された。最後は荒砥と平磯となった。平磯はおふくろの入所する施設への裏道で、自己再建の人たちが建設を終え、もう少し行くと防災集団移転の平磯地区と思えるが、造成は既に進んでいて、海岸道路にでる所は農地の圃場が昨年初めから整備されている。
志津川市街地の先行嵩上げ場所の五日町に、「この高さまで嵩上げします」との看板が、土盛りの上に建てられた。現在まで、住民への嵩上げ高さの告知が、「戸倉松原海岸防潮堤」と「八幡川の町からの登り口」に、8.7mの防潮堤・河川堤防の予定高さが示されている。
「ショッピングモール」はトップが進める、町の産業振興再生の「観光」「商工」「漁業」の中核地区であり、志津川卸売市場の大森地区部分が、水産業の中心施設として、志津川市街地の嵩上げ整備を図っている。
いま近隣の被災地で防潮堤や嵩上げの高さが議論されている。女川は被災地を5mの嵩上げし、前あった所にスーパー再建をすめと、32歳の若き社長は言う。多くの家族を確か5人亡くし、従業員4人も津波で尊い命を失った。看板だけが残りボロボロになった店舗を解体し、「この場所でしか再会は考えられない」と言い、現在は仮設への販売車をだして、お得意さんを支援そして守っている。
気仙沼でも5mの嵩上げだと言う。住んでいた住宅は流され、家族も亡くし祖母が施設で助かった。85歳の祖母に孫は言う「家は必ず建てるから早く家へ戻ろう」と。気仙沼の定点カメラで2年11か月の光景が流される。残った基礎地には無傷で残った「父のイス」をズーとここに焼いていた。彼も30代半ばの男性である。まだ、嵩上げ・住宅再建など先が見えない中で、一歩一歩と前へ進んでいる。若者たちの可能性に期待大である。
今朝も石巻「桃浦」に水産特区としての立ち上げた、水産会社に派遣社員をしていた、40歳初めの男性が、経験したことのない水産漁業への挑戦と、新たな進路を決め頑張っていた。
私に「57歳若いから頑張れ」と周辺の人たちは言う。印刷業の古い仕事しかやれない私に、今更何ができるか思案中である。
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