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2014
01/27

志津川を離れてホッと


「海花・東日本復興の会」の二周年大会に行ってきた。発足当時からある知人を介して会に参加している。二年前は東松島市の方や岩手に入ったボランティアの人たちが、当時の被災地の現状報告があり、私も南三陸町の現状を伝えた。
この回の二周年大会は200名を超える方々に、県会議員や市議会議員そして関係者が20名以上も来賓で出席されていた。副会長の挨拶に元気をもらい、講演では「閖上朝市」の組合長が立ち、昨年暮れに全国からの支援により再建し、多くの来場者に感謝しかないと話した。カナダよりの突然の1億を超える支援金に驚いたと言う。今後は支援金は「もういいです」と話し、今までのように営業で商売競争に勝っていなかいといけない、と通常に戻る事が大切と話す。震災の沿岸の支援による商店街は、総てが営業不振や閉店に追い込まれている。誰かが経営に資金支援からはもう終わりにして、自力で生きていく事の必要性を訴えていた。最後に「とにかく来てください」と話を結んだ。
心意気を被災地の商店主ならず、発揮しないといけない時期に来ている。
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県会議員の今野会長が宮城県の震災復興の現状を話してくれた。1時間にも及ぶ話は、震災直後の米国の「友だち作戦」から「自己の体調」「復興報告まで」、延々と聴き続けても飽きる事ない内容だった。
空母「ロナルド・レーガン」には、上陸艇4隻など18隻が搭載され、震災時に東日本震災で活躍した事や、4600人が乗船し1万1千食を毎日作っている。勿論病院等通常の生活ができる全てが整っている。そんな大型船を東松島に固定し、裏戸諸島の周辺を2020年の「海洋博覧会」の場所としてアピールする。そして海の素晴らしさの発信を宮城からしようと言う構想である。
また、震災時の救急車不足に「徳洲会」が支援をくれたと言う。今、問題になっている団体ながら、南三陸町にも徳洲会の服に身を包み、医療活動をしていた人たちがいた。徳洲会は被災した地区に救急車18台を支援し、そのうち5台が南三陸町に配備された。一番不足したのは「酸素マスク」で、津波による海水を飲み込んだせいで、肺が弱まった事への対処のマスクだった。会長は自ら言う糖尿病であると、透析患者の震災による透析治療が出来なく、近隣の市や県に患者が搬送された。自分は「腎臓移植」を済ませていたので、免疫抑制剤が無くて大変だったと話す。
県の問題として、「医師不足」「人口流出」を第一に上げる。それに対する対策を講じていると話す。県内に医大を一校新設への動き、住宅の早期確保を上げた。
外に出て色々な話に触れると、今起こっている我が町の現状に「やっぱり違う」と感じる。「みんなで一緒にやりましょう」が、第一声として森副会長が声高に来場者に語られた。こんなリーダーの出現を期待する。昨年この会の事を行政の担当部署に話しに言ったら、今は無理ですと話しを聞こうともしなかった。あらゆる復興への取り組む「種まき」をしていく必要を感じる。行政にとって私も「眼の上のたんこぶ」なのかもしれない。
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