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2014
01/04

外に出るのがおっくうに


お正月三が日は「じーと」していた。3日は仲間と会おうと正月前は話していたのに、先輩からの段取り依頼はあったが、他の仲間からは何もなく、電話するもお昼でありもう活動していた。私も先輩に事訳を話し、テレビ三昧の日となった。餅を食べ蕎麦を食べ、最後に残った「おせち」をたいらげた。一昨日血糖を低下させる「ランタス」を打ったかも忘れ、血糖値を測ったら「300」を超えていた。食べたいものを食べ、いつもの日課を忘れ、こんな状況になっていた。今日からは通常の生活に戻る。私の規則正しい生活・食事には、我が家の今後が係っている。
昨日は菩提寺に「御年始」にいった。同級生・農協の方・前同僚の先輩・・・など、偶然にも知人の方々と会った。今日は10時からの葬儀を終え今帰ったか、また多くの顔見知りが声を掛けてくれた。「今は良く世間が見えるでしょう」「ゆっくり考えられるから」と、大先輩から言葉をもらった。その他にも「荒町に仮設」をと動いた時の、県庁でお世話になった人とも会えた。また、私の中での南三陸町出身の成功された方と、噂からだけだったものが顔を拝見できたが、声など掛けられなかった。同級生の叔父である。
亡くなられた方は89歳で、戸倉に来て70年間地域の皆さんに温かくせっしてくれた事に、喪主は感謝を述べた。私の母も90歳で存命だが、同様の気持ちが強い。亡くなった方は3年前まで旅行をして、この年は「金沢」に行ったと孫が話す。私は母に何もしてあげていない。親父の兄弟旅行も母は「いいからと」、旅行には行く事を拒んだ。そんな母、今は老人ホームで静かに暮らしている。これもまた幸せな人生と思う。
帰ると葬儀社から電話があった。志津川市街地で暮らし被災し、仮設で暮らす方が亡くなった。商工会で大変お世話になった方で、多くの関係者・地域の皆さんの耳には届く事は少ないと思う。こうした被災地の死亡情報を行政が伝える事も、一つの住民サービスと思うが、「ここまでは出来ない」と、やりもせずに町は言い切るだろう。理由は個人情報だろうが、広報での一か月遅れの報告では意味がない。
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