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2013
12/31

3度目の年を迎える


戸倉から登米市・仙台市に多くの方が移転し暮らし、人が脱出している。この雪の南三陸町の姿にまた寂しさが募ってくる。
戸倉地区の「戸倉団地」の建設計画を議会傍聴で見る。限られた時間でメモを取り伝える義務を感じる。こないだまでは全ての町計画の情報を、得る立場でブログを通し伝えてきた。インターネットによる町計画を私を介し知る人は少ない。一番伝えたい生活弱者への、「南三陸マイタウン情報」が形に残るものとして有効だったと思い、震災後2年5か月余り配布してきた。戸倉団地の高台へは戸建の100余りと、災害公営の90前後と、当初の戸倉に戻りたい人の数は変わっていなかった。
天気予報を見ると明日の南三陸町の太平洋側は、太陽が見えそうなので、平成26年の日の出をブログで配信したい。
恒例の「おすばで祭り」も雪のせいで、テレビでの人出は少ないように感じた。石巻の個人での仮設商店街も昨日閉店し、ボランティア支援者・商店主が涙する。南三陸町の中小基盤機構の事業制度での仮設商店街も5年の半分を経過した。国の制度の活用で商店主救済を図った。観光客の推移は2020のオリンピックで、一時的には減少するものの、観光での町づくりを町は目指す。建設が本格化すると工事関係者の動向が、現在一番心配だ。
地元の昔なからの商店が半減した。半世紀掛けて造ったお得意様が、震災で多くが無くなり、復興特需の業者の再建は進むものの、特需の恩恵のない事業所の、再建は出来なく、事業を努力し始めている方々の苦悩の話しが、私の耳には入ってくる。行政支援をと訴えるが公正公平の面からできないと言う。しかし、震災以後と今後を、町民の皆さんはどう思うだろう。タイやエジブトの国民の怒りの行動に、我が町の町民のエネンギーは震災で消えつつあり、諦めの声を知る。
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