FC2ブログ

2013
12/29

震災遺構は観光客のため


昨日も震災遺構を何処にしたら、その必要性を県の遺構審議委員会の委員長がテレビで言っていた。被災地は今後観光で生きて行く、そのためにも保存と震災の風化を話す。
被災地では生活の環境整備が先と被災民は言う、行政・商工関係者は、賑わいと生業の確保を「震災遺構の保存」を言う。
現実的には町長は3つの問題点を話す。「維持費」「復興の障害」「被災民の声」を上げている。県知事は遺構としての「維持費を国に」と言う。気仙沼の大型船の解体が終わると、市民は遺構の事を口にしない。「前に進まないといけない」、これが自分の目の前の事だからだろう。市民の意向調査では6割以上が解体を望み、それに行政が答えた。南三陸町は「遺構調査」で町民の意向を問わないのかと言う議論もある。そんな中で町長は「防災庁舎解体」を決定した。その後で「県の審議委員会で残した方がいい」の方向性の提示にも、町長は苦渋の決断で解体しかないと言い続ける。当然の事だろう。被災地の復興の足かせと「防災庁舎問題」がなっている。テレビで町民が話す「町外の人たちの考えは被災地に住んでいなく、この大震災を経験していないから」と、一刀両断だった。
昨日は防災庁舎を襲う津波の光景の写真がテレビで流れた。震災直後のスポ日の7コマの写真を毎日見ているが、その津波の脅威と恐怖を感じた。ここで良く10名近くの職員が生き残ったと思う。職員の不明発見もテレビは伝える。何日後・何か月後に湾内で発見された。との報道に必死の捜索活動が、何も無くなった町で、町民が生きていた裏でこんな活動があった。
私は家族も無事だった。これが最大の幸福だった事を再確認する。今後の多難を思うが一歩ずつ進むしかない。写真は志津川市街地に残った「電電公社」の電話回線の建物で、足場が築かれ解体へと進むようだ。その影に防災調子やが静かに立つ。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 11:40 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP