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2013
12/07

小森御前に守られて

小森
戸倉小学生の「九死に一生」が裏山の「五十鈴神社」であった。そして昨日「小森御前」で命が救われた話に、災害の歴史に「神社の意味」が、物語られていた。
写真に写る小高い神社が新しく新設された「小森御前」で、以前は国道398号沿いの道路のすぐ隣だったが、今回は階段を付け上に上げた。今回の震災の津波は写真の山の頂上まできて、そこで一人の女性が助かった。こんなにも内陸のここまで津波は来た。その方は現在登米市に家を建て移住したと聞く。
現在この近辺には多くの店が現在建てられている。そこに「入谷横断1号線」の整備にあたり、その沿線の事業所の一つが現在建設されていた。昨年度に1千万の調査予算が付き、既に熊田橋から入谷林際への道路の拡張と整備が、こん震災の住民の高台移転が進む中で始まろうとしていた。
咋朝7時30分の気仙沼に仕事で出かけ、帰りに本吉町により選挙を経験する知人とあった。話していたのは「歌津選挙」と「当選しても落選しても大変」という事だった。一つの話に、町政に疑問を持ち若くして立候補した町職員が、思いどおりいかない議員活動で「自殺」したと言う。上位当選し支持者の期待も大きく、その期待の重圧と議員の力の無さに、精神的に追い詰められたのだろえか。誰かが言っていた「議員は何もできない」「町長でなと」だ、私も4年の任期の中で、行政トップの業種の独裁的な受注を指摘し、現在改善され少しは楽になった。それは一部にすぎない。しかし、被災地の事業所が半分となり、「寄らば大樹の影」と、仕事の流れは皆無に近い、行政の仕事が40%から半分に近かずいている。これが被災地の事業所状況だろう。
今日は子供の活躍を伝える記事を取りに行く、隠れた頑張りを伝えたい。復興特需の華やかな表面的情報を伝える気分とはなれない。夜は知人の優しさに触れに行く。多くの会に誘われるが、何時までも断るのもおかしいと思う。
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