FC2ブログ

2013
10/30

亡くなられた方々の御陰もあり議員職があった


昨日は石巻日赤へ午前に行き、終わって登米市の司法書士さんから、気仙沼への「法務局」へ向かい、相続の申請をした。帰ったのは夕方6時を回っていた。
日赤の眼科では「順調です」「手術は嫌ですね」「薬出します」の3つの言葉で、1分足らずの先生の診察と、視力・眼底の検査で終わり、3時間余りで帰れる事ができた。
司法書士さんに「印鑑証明」の実印の陰影に、法務局の指摘があるかも知れないと、役場受付に寄り確認し、気仙沼の法務局には4時30分に滑り込み、無事に申請を終えた。気仙沼市も浸水した海岸線の市街地・工場の現状は、復旧途上で浸水域では工場が建設され、南三陸町とは違うと感じた。志津川の市街地はまだ何も無いが、気仙沼は浸水域での工場建設の高いクレーンが多くあった。
昨日のニュースで宮城県村井知事は、南三陸の「防災庁舎」を遺構として残す審議会を立ち上げ、予算の確保で移築などの提案をしていた。しかし、これに対し3選の南三陸町長は、解体をすると報道に語った。
私の強い支持者だった亡くなられた一人の方の力、町を離れ他の場所で現在暮らす方の支援が、こんなにも強い物だったと結果を見て感じる。大震災前後の政治活動で新しい支持者も増えての「286票」が、現在の私の全てと感じる。その他の町に残った方の多くの支援にも感謝したい。
本浜町の分散となった高台移転の、コミニティーの再生を図って行くべく、限られた活動の中で尽力して行きたい。
私の活動の情報発信の資金は、財産の全てを失い自宅・工場の再建の中で、報酬からの捻出も少なくはない。被災者への被災地南三陸町の町外・町中の仮設で住む方々の発信は、今後は限られた資金の中で続けたい。
昨日も爆睡だ、体はウソを付けないようだ。選挙の食材の片付けで「血糖値」も少し上がり気味、被災者として借金返済に頑張っていきたい。
スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:52 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP