FC2ブログ

2013
09/26

老兵は死なず 生きてきた術を語る


昨日は志津川地区の「敬老会」がホテルで開かれた。77歳の喜寿を迎えた方が102名となり、敬老会の仲間入りし、志津川地区の77歳以上は1113名で、この日は320名が参加した。被災の年は開催されず、昨年初めて震災後開催されたが、厳しい環境で参加者あったものの、今年は昨年を遥かに超える方々が参加した。町内の100歳以上は9名でトップは104歳の志津川の女性の方です。77歳以上は2541名を数えた。
その一人で87歳の方の葬儀があり、孫の弔辞に「家を建て送り出したかった」「海の上は寒いから一枚余計に着ていけ」など、多くの事を祖父から学んだと言う。しかし、何もできなかったと悔やんでいた。家督として祖父・父親の後を継ぎ、今、漁業についている事が最大の、祖父孝行と私は思います。
CIMG3607.jpg
袖浜の荒沢神社の「太郎坊杉」が塩害の為に伐採されるとの話を聞き、昨日、神社を訪れると遠藤宮司さんが居たので話を聞くと、「そんな事はない」と言われ安心した。小学生の頃の遠足に「太郎坊杉」を見に行った事を思い出す。あれから50年の月日にも「凛」として鎮座する。樹齢800年と言い、高さは30mにもなる。
伊達藩の良材として杉が植えられ、その二本が文化財指定を受けた。「次郎坊杉」は昭和33年の台風で倒れ、現在太郎坊が袖浜の海岸線を見守る。最近、今回の津波をかぶり塩害となった杉の4本を切ったと言う、大きなもので直径は1mを超えるが、この比ではなく太郎坊は3mを超えるようだ。戦国時代から幾多の津波・台風の天災にも負けず、南三陸町志津川で生き続けている。「南三陸町からこれ以上人が去って行く事を阻止したい」、これが今最大の私の願いだ。
「皆さんの一票で新しい南三陸町の未来が築かれます。10月27日の投票に行きましょう。」一票を投じた方に、子供たちの暮らす生まれ変わる南三陸町を託し作られ、将来へと子供たちに引き継がれます。そんな大切な一票です。太郎坊杉のように未来永劫まで南三陸町を存続したい。大好きな旧志津川町の「海・山・川・人」を語り継ぎ残したい。
スポンサーサイト



【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:13 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP