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2013
09/25

我が町はジオパーク


連休で被災地でなかなか行けない場所に足を運んだ。
写真は折立漁港で、先月までの工事進捗率は10%にも達していない、復旧工事の進められている所です。毎日のように隣接の道路は通過しているものの、そこからが中には入れなかった。この光景に復旧の厳しさを感じる。護岸は捲られ何処から工事を始め、漁港の再生を図るかの現実を、漁民から行政は早期復旧を要請されている。何故かと言うと来年1月から始まる「ワカメ収穫」の水揚げ場・船着き場しての場所を求めている。現在はワカメの再生で漁民の収入はこの地区でも大きなものとなっている。
折立川には釣り人が居た、各地区の工事の復旧場所にも日曜日は、釣り人の姿も少なくない。魚の住む環境が再生し、魚に釣り人が集まってきている
気仙沼から南三陸町の海底や地形が特有である事が判明し、「ジオパーク」の指定がなされたと、朝のラジオで放送された。昔からの地形であり明治・大正・昭和の大津波の発生があり、今回の津波の大被害で、地質の捜査も技術革新から、分析を重ね特有の地形と指定された。地形は数千年の年月で形成され、今に至っている。この指定で政府の津波防災の特別な政策が講じられる事を願うしかない。
CIMG3470.jpg
八幡川にも連休とあり家族連れが、釣り糸を垂れる姿があった。
旧くろしおグランンドの前あたりになる場所に、写真の姿を見る。昔は「ハゼの宝庫」で多くの釣り人が町外からも、南三陸町志津川の3河川に集まった。被災しまだ時が立たない時分も、大型のハゼが連れたと話を聴く。被災前は多くの釣り客が、竿にかかる小さな魚まで釣り持ち帰っていた。それが自然のままに2年が経過し、釣り人も少なく魚体も大きくなっていた。川底は土砂が積もりながら、魚の生活する藻やエサが生息を始めている証拠だろう。
今日は本浜地区の方の葬儀に行き、お昼からの南三陸町志津川の「敬老会」に父親を連れて行く。90歳を超えいつ時時が止まるかも知れない中で、共に生き抜いて来た方々との再会をさせて上げたい。
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