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2013
09/21

偶然の境目が生死


ある方から聞いたが「高野会館」は残す。と言う。幾度となくこの会館での生と死の綾を聞く。被災後に多くの芸能大会に見学に行った人で、留まった方、家が心配で帰った方の事実を知る事となった。放火婦人部の方は責任感の強い方で、戸倉まで帰る途中で亡くなったと聞く。町内の高齢者の方は「ここに来てたから助かりました」「家にいたらどうなったか判らない」とも言う。今後ここは4mの嵩上げで「祈念公園」ができる。そして、「高野会館」が南三陸町の遺構として、後世に2011.3.11の震災津波を忘れる事の無いように、祈念公園としての場所で生かされる。まだこうなるかは今後決定される。
昨日の河北新報にも町民の方が、娘がまだ行方不明と当時を綴っていた。午前中に病院に行くはずが、この日に限って午後に行って津波と遭遇し、「なんで」と父親はその時の事を振り返る。
南三陸町の津波の死者不明が行政より伝えられた。町に住民登録の方の死亡不明が820人で、遺体未発見は200人を数える。又、町住民登録外はその中の56人があり、たまたま南三陸町に来ていたか、車での通過中と偶然が重なった事による。不遇の死でもある。
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7日の福祉祭りに行った時に、玄関フロアに飾られた風船を撮った。歌津の夏祭りの花火が、NHKで報道されていた。1500この風声には町民の願いが、「短冊」に秘められ空へ放された。亡くなられた家族への言葉だったり、一日も早い復興をとの願いを綴られていた。
花火の大輪に町民の笑顔を重ね合わせ、「笑顔の花を咲かせましょう」、これからも皆さんといっしょに頑張っていきましょうと、伊里前の福幸商店街の高橋さんは、被災後からの歩みを想い出し、言葉を詰まらせ話していた。
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