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2013
09/19

元の生活に戻った


来月誕生日が来て90歳となる父、ペースメーカーで又元気になった。鎖骨の下に機器を入れ、この部分から心臓の4カ所に分かれている心室の2カ所に、刺激を与える線を通し直接心臓の筋肉に刺激を与え、心臓の動きを正常にしていく。これで機器の電池が5年間も機能を保ち続ける。腕が上がらない、服が着れないと朝から大騒ぎだ。
今日は2時から特別養護施設の「いこいの海・あらと」で敬老会があり、父も初めて参加する。家族と共に行う企画もあり、誰も来ない入居者はかわいそうだと従妹は言う。父の従妹夫婦も入所している。幸せと思うがこれからの見て行く家族は「大変」と言う気持ちが強い。
写真は被災前に南町地区に位置していた、志津川の「牡蠣剥き場」だった場所で、私有地が繋がり突き出る形で、漁船が係留しやすい場所として牡蠣の施設があった。震災時には津波で分断され突端にはひき波で瓦礫が山のように積み上がり、陸地から離れどうなのだろうと思っていたら、2日前にいったら埋め立てられ半島の形が出来ていた。
志津川市街地の防潮堤の場所、海岸道路や嵩上げの高さを、大森の高台の家や上山緑地の高台を示し、あそこまでの海抜10mを埋め立てと言っていた。水尻川も河川堤防が計画され、保呂毛に向かう橋から100m上流が起点となり、海岸までの8.7mの建設で、陸地を守る河川堤防となる。「親水」と言う言葉に、「浸水」と勘違いする人は私だけではないと思う。西側地区の「祈念公園」の在り方が、町協の公園部会で議論され、松原や砂浜海岸の再生を模索している。8.7mの防潮堤を低くできないかと言う提案もあるが、8.7mの国の防災の基準は維持されるようだ。国は再び災害が発生しないように、強固な市街地づくりを決定している。水に親しむ事は町の観光の一つとして、こうした環境の整備も南三陸町には欠かす事はできない。
決算議会から既に「選挙モード」の感が議場には漂っている。
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