FC2ブログ

2013
09/15

古い歴史に町づくりを学ぶ


昨日は山形県に古い歴史での観光地としての発展地を個人視察してきた。
尾花沢の「銀山温泉」があり、多くの観光客が1Kもある駐車場から、歩いて銀山の温泉街に老いも若きも、歩いて訪れていた。「行って見る価値はありますよ」と近隣の県民は話す。写真の川の両側に古い旅館が、表面は木造で3階4階と見えるが、コンクリートで側面をカバーし、旅館としての耐震性を維持し今も旅館営業していた。小さいエリアながら昔の「銀山」とし栄え発展した宿場町として、この古き歴史に学びたいと思う。
CIMG3087.jpg
上段の写真は「山寺」で、神社などの山岳信仰で栄えた町です。
ここにも狭い道路いっぱいに観光客があり、道の両側に商店も並び店員が、お客さんに優しい声で挨拶し、「寄って下さい」とおもてなしの心を込めて、山寺を紹介し迎えていた。
山寺駅前の商店からスタートしたが、商店街には来客の店の駐車場はあっても、観光で見に訪れる方々の駐車場は、やはり1K離れた場所に設置されていた。
芭蕉が訪れた山岳信仰の場として栄え、色々な商品はあるが名物は「蕎麦」しかない。これでも多くの人たちが訪れる。その訳は信仰にあって古い町並みを見に来ている。若者は古い伝統に触れ、山形県の名物としての「蕎麦」を堪能していた。それ以上の発展は個々が自己努力ながら、この歴史での「観光立町」を図り、町は来客の案内や告知に努め、町民の生業は地域の住民が歴史の歩みそのままに、今もその生き続け、のんびりと暮らす姿の宿場町を見に来る。歴史には伝統には大きな人を呼び込む力がある。
一部の業者が発展を遂げる状況に、行政が深く関わらない事で、その行政の支援は全ての町民に行きわたる。こんな南三陸町になればと私は思っている。私はこんな昔の生活意識に又戻れないかと考える。
淘汰された店主は毎日の繰り返しの暮らしが、当然と言う生活で納得して営みをしていた。今は「生き馬の目を抜く」という時代の中で、防衛としての新たな事業の形態を考え、開発発展を求める事で、安心し生活できる社会となった。生活弱者となりうる人々の生活の確保は行政が担うべき問題と思う。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:35 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP