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2013
08/17

どうすれば?


五日町の阿部旅館の跡地に付近に「向日葵」が植えられ、今朝ごろが満開だろうと、その場所に行き写真を撮った。しかし、写真の向日葵よりも印象的だったのが、上山八幡宮への登り口に咲く自然の草花の黄色に、強い今の生活と、町の現状があると感じ、この写真を今日のトップに載せて見た。
被災前「門前町構想」を町民の支援団体の会で、公演会を開催しそのルーツに感動した。南三陸町防災庁舎は八幡神社の跡地にあり、その脇に町役場があった。移築された神社は残り社務所で神社の運営が成されている。宮司さんの自宅は津波で全壊したが、移築された神社は1000年に一度の大津波でも被災なく残った。神様に見守られたかのような真実で、人間の思いのままに町がつくられた事への警鐘があった。
合併時の5年前の志津川・歌津での議会の決定に従わなかった、現行政・政権の体制判断が、尊い町民の命と優秀な幹部職員の命を絶つ事となった。ちゃんと自然の流れと町民判断で「移転」して、この災害が減災へと導かれたはずなのに、その機会を何人かの「稚拙我欲と政治判断」の中で、今回の大惨事が発生したとは、過剰な私の読みだろうか。
町の再生は門前町での商店街形成で、住民の住居が「避難路確保」の上で、嵩上げされた場所への再建も、意外と町民が納得できる町再生の一つの方法なのかも知れない。
CIMG2478.jpg
このお盆時期にも多くの方が防災庁舎の前で手を合わせた。観光バスでの来町者もテレビで報道されていた。亡くなられた町民・職員は、いったいどう思っているのだろう。合掌し一分位問いかけるも、何の考えも声も聞こえてこなかった。
昨日のテレビで女川町の中学生が、「自分たちで何かできないか」と考えた末に、津波到達地点に「記念碑」を建てる活動をした。修学旅行先でも「募金活動」をして、現在700万円を集めた。一つの祈念碑に「50万円」が掛かり、20カ所に立てる予定で、1000万円を必要とするが、大人でも集めるのに大変な額に頭が下がる。
我が南三陸町には「慰霊碑」などの津波での逝去者の追悼の場も碑も建てられていない。800名を超える犠牲者への、残された家族そして町民の願いは何処にあるのが。町の再建に今、交流人口の必要性や、観光客重視の行政の政策を、町民は望んでいるのだろうか。
楽天「田中」が球界の偉業達成をした。21連勝と開幕17連勝である。町の再建を果たしても行政トップの町づくりを、私は偉業とは絶対認めない。そこには町民不在と思える政策があるからだ。
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