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2013
08/13

生活の道


昨日、東京から同級生が帰郷し着いて直ぐに、「お墓掃除」に行ってきたと戸倉営業所によってくれた。2年ぶりの再会ながら同級生は変わっていなかった。夜中に家を出て朝早く誰もいない我が故郷に帰ってくる。お墓は家督が守る、当然の事を続けているようだ。この大震災で東京にはいるものの、生活は一変したと言う。
写真は戸倉のBRTが整備され、「陸前戸倉駅」ができ、道路がトンネルまで真っ直ぐに続いている。震災で壊滅的となった「気仙沼線」だが、2年6か月を迎える来月にこの区間が開通となり、トンネルを抜けると高架橋からの、志津川湾の絶景が鉄道の「バス輸送システム」見られる。水尻川のたもとの大久保地区までながら、戸倉から志津川までの鉄路の風景が再現される。私も開通したら本吉までの、南三陸のリアスの海岸線を、気仙沼線の目線で全てではないが再び見たい。
CIMG2360.jpg
写真のここまでが開通する。南三陸町の生コン工場の場所なので、一つ「豆知識」して学んだ事を伝えたい。現在、生コン不足が被災地にはあり、歌津名足が新しく「生コン施設」が出来た。しかし、まだまだ不足し復旧復興が遅れている。どこからでも持ってこればよいと言うことではなく、ミキサー車が回転して現場へ向かう、その運送時間の限界が「1時間30分」と聞いた。
今後、戸倉瓦礫処理場にも現地再建で「生コン工場」が出来るが、コスト的に高く使えないと言う。戸倉の防潮堤や道路は「県事業」ながら、国県事業と町の一般復旧事業の事業費と、その内容で違いがあると言う。私には理解はできない。
仙台市長選挙が現職が再選された。投票率は「31.9%」と前回を「14%」のマイナスとなった。被災者は選挙どころではないのが現実だろう。だが、自治体のトップで住民の復旧復興の優先順位と内容が違う。奥山知事は26年の末まで「災害公営住宅」を3000戸の建設を約束する。仙台市の海岸の津波被害者が一番求めている「公営住宅確保」を当選の公約に上げる。南三陸町は現在、入谷・歌津に26年に84戸を建設予定で、全部で1000戸を予定しているが、完成は27年末から29年末と、仙台市との大きな違いに力の入れ方の違いを感じる。
毎月の11日の震災発生の日に、不明者の捜索が行われている。十三浜の方は妻と孫がまだ見つからず、全国からのボランティアの方の支援をお願いし、毎日のように浜辺の小石を一個ずつ掘り返し、「骨の一個でもいいから」と、そのかすかな願いの活動を続けている。震災の不明者は「2656人」と言い、家族の元に帰してあげたいと警察署員は言う。
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