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2013
06/30

多くの被災者に花を捧げに


昨日は一迫町に「ゆり園」と「あやめまつり」を知人に誘われ出かけて来た。土曜日で大きな町の施設でないので、人影は疎らながら、色々な種類・色とりどりのゆりに来園者は心癒されているようだった。
現在の町内に置いての葬儀には、訃報の有無が判らないと言う現実の中で、親戚や会社から多くの献花があり、帰りには献花の花が参列者に配られる。その中には立派な「ゆり」があり、強い香しい匂いを放っている。それを「ゆり園」で思い出した。今回の震災で亡くなった方々の分まで、花を愛でようと、震災時・葬儀の時を思い出し、設置されているベンチで10分以上も、「ボーと」その咲き乱れる「ゆり」を見つめた。
そして、今日の河北新報の報道に現実に引き戻された。登米市に仮設入居している住民の50%弱しか帰還を考えていないと言う記事があった。議会でも町長に言う。一日も登米市に移住している方の事を考えてと。登米市に仮設が建設されてから、住民の帰還を行くたびに聞く。こんな環境の良い場所から、何もない地元に帰るのは難しいと伝えられた。
南三陸町内の仮設の建設をズーと訴えてきた。何回もブログでも訴えたが、町の持っている場所の「ひころの里」「林際小学校跡地」「黒崎のテニスコート」があり、この場所なら直ぐに住宅建設は可能で、ここに仮設住宅を建設を! と被災後言ってきた。また、戸倉荒町に200個の仮設建設提案も、7月には町長に直接「建設計画」を地権者と持っていくも、建設は全て決まっていると、一言で却下された。その後で南方第2、横山幼稚園脇、津山体育館の仮設の建設となった。
町の存続も危惧されている中で、こうした問題発生も予測できなかった町長に、津波の想定が出来なかった、危機感の欠如があった、その訳がここにもある気がする。今更と思う方もあるだろうが、今後進む復興計画にも「ブレない!」で推進すると声を大に語る。
こうした人口減少問題発生に対しても、「ブレない!」と言っていた事に驚いた。
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「山王遺跡公園」は縄文・弥生の遺跡が発掘され、国指定史跡となり、その遺跡の上に「山王あやめ園」を造ったと、観光客の皆さんに観光協会の方が説明していた。
南方にもあやめ園があるが、一迫の「おやめ園」は町の真ん中にあり、隣の小学校も木造造りで、目の前の川の橋も「木造」で、「なかよし橋」と確か命名していた。町の中に自然の中に公園が作られ、「道の駅」「総合支所」など、町が創造されていた。
登米市の仮設に住む人の意見に、登米市に「災害公営住宅建設を」と言い、「病院・雇用が無い」と今の南三陸町を現実を話していた。来月4日には「病院計画」の臨時議会がある。多くの問題を行政に話すが「暖簾に腕押し」と、明確な問題解決への答えは無い。あっても時間が掛る、今進んでいるなど、復興への厳しさを語るだけで、町民が納得できる答えは無く、町民の諦めが登米市南方仮設の、住民行動としてある。
町から住民を仮設建設として外に出す事で、住民からの行政への復旧遅延・反発・批判の「声」をかわす狙いも行政にはあり、登米市への住民移転の考えがあった気がする。移転させる事で行政のペースで町づくりが出来る。その弊害が人口の流出に現れた。そんな事は私でもその危惧感は持っているし、そうならない政策を講じていく。
この「人口の流出」と町の再建」を前に、もう一期の議員への出馬を決定的なものとした。ITや情報手段を駆使し町民の皆さんに、新しい町づくりの在り方を伝え、南三陸町を発信して行きたい。
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