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2013
06/02

歴史から共生と恩恵を学ぶ


大阪城は初めて見た。私の関西は「姫路城」への高校の修学旅行しか記憶がない。生まれて一回はここをと思っていた。豊臣秀吉が建設したが、歴史に疎い私だが、現在はこの公園に憩いの場として多くの人々が集ていた、大阪城公園としての素晴らしさに驚く。国際的に大阪の中心地の観光地、中国・韓国・アメリカ・・・など、多くの言葉が飛び交い驚きの声を聴く。奈良からの小学生が就学旅行で来ていた。城の頂上の天守閣に、ここまで来て行かない手は無い。しかし、那智の滝の100数段の階段ですでにギブアップだった。エレベーターもあるが階段で登る、城の下から続く沢山の階段だが、城の中の中段部で足の痛みから休み休みので天守閣、金の鯱を目の前1mで見る事ができた。剣道を愛する私としては時代歴史の戦国時代から、侍の誇りと強い精神力を学び、この年まで先人の生き方に沿い、この大震災を生き抜いてこれたと思っている。
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大阪城の広大な敷地と、石垣・城壁に当時の建設方法に興味深々、あの5m8mにも及ぶ石垣の一つの大きさに、当時の城主の権力もあるだろうが、重機も技術もまだ開発されていない時代の建築に驚きがある。
今後本格化する町づくりの広大な事業も、将来に繋がる南三陸独自の防災体制、住宅形成などがあるが、早期に必要な造成地・公共施設・生活環境などは、ありきたりの構造物でも良いと思う。大阪城の内堀の写真だが、当時の建設・防衛の粋を駆使した姿、城・城壁・多重防衛など、津波防災の観点からも学ぶべき事が多く見受けられた。津波と当時の外敵からの守りとして違うものの、数百年前の防衛体制の対策形態として学ぶべきものを感じる。だが、自然の計り知れない威力は、南三陸町の人間の英知を集中し、未来に生きる人間の為に、何らかの形で繋げていく構造物の建設としたい。
串本町への行政視察から今日で10日目を迎える。串本町での震災の支援の感謝と、古からあるこの地方の津波の歴史を学び、勝浦・串本では観光と水産業での、町づくりの姿を知り、大阪城では防衛と言う意味での、津波防災のヒントを掴んだ。
いま10日の一般質問の原稿を作っている。今回は戸倉地区の再建策を行政に問う。18日から6月定例会を迎える。
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