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2013
05/15


町中には驚きがいっぱいある。被災地への観光・ボランティア支援がある中で、来町する方々は町が無くなったことへの驚きがあるが、写真の光景に昔の姿を知りすぎる私には、このあり得ない変化に、今まで気づかなかった。
この場所には5.7mの防波堤に囲まれて普通に住宅があった、手前が勿論陸地で奥の残骸は海岸に隣接する冷凍倉庫だった。防波堤の陸側は津波による土地の浸食となり、地盤沈下で海となっていた。もっと驚きなのは小さいが漁船が普通に係留されている、それは係留できる海水の深さがあると言う事になる。ここと反対の旧市場も震災前に釣りに行く船の係留場は、普通時なのに海水が護岸を覆っていた。私が住み慣れた本浜地区は、昔はこの場所が漁業の拠点として栄え、今は一線から退いたものの、静かな漁村の風景がそのままに残っていた場所だった。
堤防が今後8.7mになるが以前と比べても、3mしか増設とはなっていなく、その不安を取り除くには、住居は高台となるのだろうか。1000年に一度の大津波の対策ながら、人命には変えられない。しかしながら今の私なりの考えでは、避難路の増設確保でも低地の再建はできる気がする。
昨日は気仙沼市の南気仙沼駅前の復興計画がテレビで紹介されていた。357人が通っていた南気仙沼小は気小と震災後に併設なった。500人が通勤していた気仙沼線の広場には、5mの津波が押し寄せた。この広場は3.5mの嵩上げとなり「災害公営住宅」が建設されると言う。気仙沼線は55Kの内11.6Kが専用となり、線路が取り除かれBRTが走る。気仙沼市街地は5年間かけて3mの嵩上げが成される。この計画だと「職住分離」とはなっていない事になる。
CIMG2942.jpg
「いざ!」。病院跡地の基礎瓦礫に破砕機が現在置かれてある。この大山の瓦礫に1台の文明の力が立ち向かう。
4月から瓦礫が処理される予定が5月にづれ込んだ。被災地の計画・予定の遅延が、当たり前のように多くの計画で山積する。工事に掛かる予算の繰り越し1.2兆が被災3県にある。予算の再度の延期は「復興交付金返還」とこないだニュースで伝えていた。
これからも私は被災からの再建のため、あえて「戦う」意識で向かいたい。
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