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2013
05/11

朝早く夜遅い毎日


昨日はお昼から眼科に出かけ、夕方5時に帰り従業員に迷惑を掛けている。それ以外にも家族・周囲に何がしかの影響を及ぼしている毎日に、多くの人からの支援と言う事では、被災地と同様で感謝しかない。
帰ってから食事は連休の観光客の大人気となった「うに丼」を食べに、志津川仮設商店街に行った。震災後初めての豪華晩御飯に、南三陸町の志津川の水産物に感謝です。その後で我が志津川剣道スポ少に行く。2名の団員と剣道大好きの3名の子供たちと指導者2名の剣道、自分の為に少しでも上達でる事を祈りたい。
こう言った訳で帰りは9時で、仕事面でも昨日の午後に予定していた、今朝、気仙沼への印刷物を取に朝6時に向かった。気仙沼市本吉町の「小泉瓦礫処理場」の光景で、モクモクと白煙を立てて稼働が伺えた。
歌津でも伊里前の仮設商店街前が、DCで開催される「復興市」の為に整備されていた。議会で私が指摘したDCに向けての開催地整備に、行政は「瓦礫の少しの片付けはするがDCの為の整備はしない」と話していたが、蓋を開ければ伊里前市街地だった部分の3割を整地していた。「したではないか!」、私が言った事はこの事ながら、議員に言われての整備は消極的に思える。志津川の県庁舎も観光の為に全部を活用した。スーパーの開店への支援なんか微塵を考えていない事が、何だんなだ言ってもこれが行政の考えである。「買い物弱者問題」と言われる、被災者救済よりも観光優先が町の方向性と実感する。観光も今後を考えれば当然の政策ながら、被災住民救済も同等に行ってほしいと、何回も言って売るものの、一議員の発言など「屁」でもないとの考えが伺える。
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写真は歌津の伊里前川の「いろうおザワ」です。ザワとは「しろうお」の捕獲の仕掛けと聞いた、その仕掛けが伊里前橋のたもとまで上流にあった。それは下流の津波による地盤沈下の為と思う。田束山のつつじ祭りといろうおの取れる時期に、南三陸復興市が伊里前の仮設商店街で開催される。好天に恵まれる事を心から祈りたい。
先週は「買い物弱者問題」でメディアが、スーパーの早期建設を早くの嘆願書の代表である、父の取材に東京より倉庫の自宅に来た。その2・3日後には河北新報の新しく赴任してきた、記者の取材があり、記事となり新聞に載る事となった。自分の取材が記事となり載る事を毎日の新聞の確認が日課だった。それが倉庫の土地に駐車する方から、今日の新聞にお父さん載ってましたよと伝えられた。その日の病院でも待合室で4・5人の人に「新聞載ってましたよ」と声を掛けられた事を、私が夜遅くに帰ると幾度と話をしていた。色んな事がある事で「孤独感」から脱却できるなら、自宅への方々の訪問は嬉しくもある。
安倍首相の背番号の96の意味に「第96代目」の総理就任の意味もあったと言う。こないだ荒島の裏側の「十三はねぴこ」の事が話題になった。「島の岩場の裂け目を若い女が飛び越えようとして亡くなった」と、私も小さい時こんな「言われ」を聞いた。それが話題に上った。相手は高齢の方だと理解できるだろう。
震災から2年2か月、気仙沼の唐桑の住民の要望で、25名の行方不明者の捜索を気仙沼署で行ったと言う。宮城県内での不明者は「1312名」で、家族の悲しみは癒える事はない。
頭の中がいっぱいでブログで書きこむ事で、多くの知った情報・話を、忘れても良いとの気持ちの表れがブログにある。
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