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2013
04/27

復旧から復興へ住宅再建


大震災による公共施設の復旧は、復興交付金を受けるための「災害査定」が県・国によって成され、町の再建の為に解体費から建物再建まで、復興交付金の交付の対象となり、被災地自治体は国の救済制度により復旧へと進んでいる。
志津川地区市街地の東地区の大部分の建物は解体が進むが、本浜地区の一軒の個人宅は、まだ何一つ震災当時と変わらず、河川堤防が建設される場所に「凛」と建っている。このは家族への思いと、国から言うがままでの行政の対応への反発に映るが、この事実は確認していない。すでに入谷に作業場と自宅は建設したとの話もある。だが70%近くは常民の承諾を得ていないとの事も、昨日の町協で発表された。
南三陸町スポーツ交流村の施設が震災の修復工事に、二年が過ぎてやっと工事がはじまっている。施設すべてに地震の影響があった中で、多くのイベントや式典が開催された。ドレーニングジムは私は12月から活動を始め、2月までの3か月間健康の為に運動をしたが、3月からの工事に合わせ休んだ。しかし、施設は5月までは危険のないよう、施設の使用を許可していた。半年間の復旧工事予定となっている。
全ての工事に地元の建設業者が関わり、「建設特需」はこれからも多額の見たこともない、町への復興資金に行政は関わる事となる。自己再建に苦しむ方と、多くの仕事が生まれた建設業者との、格差が生まれるが「法の下の平等」があり、売り上げは税金として町民に平等に還元される。
10月の選挙で多額のお金が動く事を今から懸念する。町民のモラルが生き残る事を期待したい。
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あの強固だった志津川漁協も、現在やっと解体されている。東地区の大規模な再建計画の元で、順調に工事が進んでいると行政は言う。
漁協は私が高校が終わった頃は、まだ木造の事務所だったが、その後鉄筋コンクリートの建物なり、こんな事となるとは誰が想像しただろうか。漁協の当時お世話になった遠藤専務は、津波で犠牲となり、前専務は県漁協の役員としてまだ漁民の為に頑張っている。その前の旧市場のかぎ取りの佐藤さんも津波で亡くなった。当時課長だった荒沢神社の遠藤さんも、今は息子さんに変わり一線から退いている。こうした多くの皆さんにお世話になり、千葉印刷があり現在の私がある。津波後は環境・人員も変わり、1年間の参入遅れが、自社が入る余地をなくし、以前の係わりへの漁協との交流はない。長い繋がりの回復は難しいような気がする。
今日は伯父の納骨のために白石市に行く。従妹が一人は可哀そうと知人も「私も行きますから」と昨日電話をくれた。その方も母と妻も今回の津波の犠牲となっている。家族の亡くなる事の寂しさと辛さのわかる人たちが、沢山わたしの周りにいる事に救われる。
3時間はかかるだろうか? 今日からゴールデンウイークだと、ニュースでは高速の渋滞を伝えている。時間の計算が予定どうり行くかが心配です。
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