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2013
04/26

私的激動の一日


知人から「ブログ楽しい事を書いたら」と助言を受けた。しかし、私の周りには楽しい事など現在何もなく、たまに好きなものを食べ飲む事くらいしかない。行政への不信感とトップの行動への怒りしかない。後は家庭の両親の今後である。
昨日も「臨時議会」があり、26年度からの戸倉中の統合合併が決まったと、教育長から地域・PTAの了解と意向が決定されたとの報告が成された。この行政報告に地元地域の議員が、今日の報道で知ったと質問するくらい、議会にとっての突然の唐突の発表だった。戸倉地区は人口の流出が多くあり、生徒の不足が最大の原因である事は判るが、そうならない方策を行政が講じない事を原因を思う。戸倉地区の仮設の戸倉・志津川に確保するとか、残った中学校の防災体制・避難路確保などによる、被災した場所の再生で「地域の絆」の象徴として、存続する方法を考えないなど、地域崩壊の原因は行政にあると、柔らかく行政に指摘した。
南三陸町で最初に桜の蕾は、黒崎に突き出るホテルの来町者を迎える「一本桜」と、この時期毎日の「桜事情」の自分的確認で感じる。10日前ごろか朝の通勤時に、交通の少ない時にカーブの窪みに車を止め撮影した。週末には「桜吹雪」になりそうだ。
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昨日は午後に1時に目の治療で石巻へ、帰りは6時となった。帰り道で三陸道から道かずら、西の方角にモクモクと黒い大きな煙を見つけた。豊里町の方角だろうか、「火事なのなかー」と見えにくい目で見つめた。レーザー照射の2回があり、苦痛で「もういいかな!」と思った。志賀主治医に治療を任せ、先ずは眼底出血をレーザーで取ってから、白内障のレンズの手術との計画だった。新人の若い医師はこの引継ぎがなかったのか、説明を聞くが、ここまでの状況が判らないようで、「あなたは右目は網膜剥離で白内障の手術などでは治らない」と切り出してきた。主治医に任せての治療ながら、突然の担当医変更の治療方針転換の指示に驚き、少し考えさせて下さいと、今後を思案している。
夜は6時30分の志津川地区の高台・商工・公園の各部会が、一同に会した会議が役場庁舎であった。町長も出席していた、私は30分の遅刻を許していただきたい。2時間の会議は商店形成や観光の来客の為の町づくりをどうするか?が、議論の中心で、公園部会も被災者や来町者の鎮魂、その他に自然公園や共同農園・被災地体験などがあり、遺構や震災の記憶の継承など、私は商工・観光の視点が強いと感じた、会長が議長で商工会の幹部とあり、議論の振り方も「かがり火まつり」の再開は、商店を早くや「道の駅」「海の駅」などがあった。被災地住民の高台移転が本文のはずの町づくり協議会が、行政の3地区の高台移転が27年度で、28年3月末に造成がされ、町民の住宅が建設の始まりの予定の中で、進まぬの地区の在り方が定義されなく、その為の高台移転部会の色の薄さがあり、その理由を伝えようと自分も手を上げ、部会の状況を説明した。
会場には傍聴者も50名はいだろうか、委員の発言は簡略と議長は言い、町長の最後の発言は「10分」も取った。私はまるで「選挙演説」のように聞こえた。いったいこの「町づくり協議会」は何なんだろうと思った。阪神・淡路の「まち協」とはまるで違うと感じた。閉会の挨拶の副会長は「町長さんお願いします。」と町長の活動を讃える。お仲間会議と私は捉えている。弱者の支援の薄さを思い、高齢者対策をと言うのは一部の委員でしかない。今後も協議会の姿に修正の言葉を向け、「町協」の進捗を伝えたい。南方仮設にて同様の会議を開催すべきと声を大にして言いたい。「町長は来るだろうか」。
朝から忙しいけど、重い話ですみません。

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