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2013
04/21

何か変わりましたか


一昨日のフロントガラスの凍結にも驚くが、今日の寒さは最低気温2度で、蕾の桜も多くがこの寒さと雨に、桜も驚いているだろう。
昨日の朝、前日の夕方の登米の志津川病院から着信に、朝8時前に病院に向かった。二日に1回を目標に顔を見に行く事を決めていた。付く看護師補助の方が足りない物をと電話をくれた。「心配させてすみません」と言ってくれた。イイ補助の方が付いてくれて安心している。
「肺炎」も安定に向かい普通に近い生活の為の備品が必要で、昨日の夕方も行ったが今日の夕方も、車酔いのひどい父を10日ぶりに病院へ連れて行く。
港橋からの写真には、志津川漁協の強固な施設が今解体されていて、大森地区の漁業関係施設の建設がある。町の漁業の中枢で共同販売部門の拡充を図ってきた。しかし、これからの生産者は「6時産業化」に取り組み、新たな生業の在り方の変革で担い手、女性の力が労働現場に求められる。獲るだけの漁業・作る漁業から、「生産」「製造」「販売」までを一貫して行う環境づくりが町に求められ、新しいスタイルの第一次産業の変革へと、生産者がその要望を行政に求めていく、活動をしないといけない時代にきている。独自の形の「道の駅生産品販売」が必要と思う。
毎年予算を貰う「委託事業」の一部の事業者は、行政への癒着の温床の部分も見える。委託での財政の削減は、町経営では職員報酬が大きな負担となるからである。職員としての報酬ではなく、第3セクターとしての町の能力支援で、町民の平均所得に近い形の報酬で、雇用の創出を図るべきと訴えるが、第3セクターとしての考えは行政にはないようだ。
山形庄内町は場所や政府の制度を活用し、予算を確保しながら外部・地元若者の活動できる場所の造る事業をしていた。議会の活動は先進地視察であり、町に新たな事業の展開を求めていくがあるが、既存の会社の新たな拡大のみを追求し、新しい町づくりとは言葉ばかりのまやかしにしか私には見えない。
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写真は東山の夜桜の見る方への、広場までの階段沿いに照らされた明かりです。午後からは雨も収まる。西宮神社の代々続く伝統と歴史に触れ、神社へのお参りで、新たな町づくりを願い、何も無くなった志津川市街地を、今後の再び変わりゆく街を神社は見つめて行く。チリ地震津波・志津川大火からの再建も、ズーと神社は見つめてきた。桜の木も以前のような力強さはないが、その姿を「凛」と見せ続けている。今回の津波で流された老木の跡には、新しん苗木が植樹され、今年も花を咲かせてくれた。
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