FC2ブログ

2013
04/05

一歩一歩の変化


2年1か月目近くが経ち、一歩ずつの復興の姿がこれです。昨日開催の志津川保育所の入所式で、あの日の翌日にこの場所に立っていた。
私が幼少時に通った志津川保育所で現在は上の山にある。「ここから集団活動の始まりです」と、佐々木所長さんは言う。0歳児から5歳まで27人の幼児が25年度に入所となった。入所児の名前による紹介は「はい」と返事をする子と、恥ずかしさの余り泣き出す子や、親に抱き着く子など、当たり前の光景がここにはあった。
私の幼児期は両親の家業で、2歳位から志津川保育所に通った。今は何もないが旧志小のプール跡地向かいが保育所だった。保育所に行きたくないと「だだをこねた」ことをいま思い出す。
瓦礫でいっぱいとなった志津川市街地が、現在は鉄骨となった瓦礫の建物も解体され、更地が延々と続いている。あの姿に「志津川はどうなるのだろう」と思い、水源の確認に入っていた水道関係者に水道の今後を聞いた。
DVC00127-1.jpg
手前は五日町で木造の住宅は全てが無くなっている。中央が防災センターで、右側には鉄骨の骨組みだけの建物が2・3軒残った。左側は志津川病院を中心に、サンポートと電話局・アパート、個人の建物も何軒か残った。現在は「高野会館」と「電話局」だけが西側に「ぽつん」とある。この広がる瓦礫には町民の一人一人の思い出と歴史があり、多くの悲しみが点在している。
金融緩和策が日銀黒田総裁により発表された。市場に資金を135兆から、国債買取などで2倍の270兆を2年間で拠出する。「個人や企業がお金を使い市場にお金が出回る」と言う事で、デフレから脱却を図る。白川から黒田と総裁の変わりを、「オセロ」と評した言葉に納得した。「マニタリーベース」は大丈夫か?と解説者は言うが、勉強しないと。
東日本大震災の義援金が「225兆?」と言う。最高が米国の30兆で、二番目が台湾の29兆だった。この結果に「台湾仏教協会」の義援金3万円を頂いた、活動を思い出す。他に発展途上国からも6兆?の義援金があった。日本の世界への義援金や途上国への資金提供があり、その「お返し」としての、全国からの義援金となった。
今日からスボ少があり、「志津川剣道スポーツ少年団」となる。地域の剣道事情や伝統も歴史も知らずの同名の団体が誕生している。地元の「志津川剣道協会」の会長への相談のない、この紛らわしい状態の解消に、管轄の教育総務課の今後の対応に期待したい。

スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 08:11 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP