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2013
03/12

南三陸町 一つに 一歩から

2011-04-29 12.55.06
南三陸町の「震災2周年」と題しての800人の犠牲者への追悼式典、私は「三回忌法要」と強く受け止める。正式には「東日本大震災2周年南三陸追悼式」で鎮魂の一日となった、そんな中で街中は復旧工事が一歩ずつ進む。
写真のこの光景から南三陸町は新たな町づくりを始めた。どこから手を付ければいいのか、行政だけではどうしようもなく、物質てきにも精神的にも言い表せない町の崩壊は、被災の無い人たちからの多くの支援が必要で、日本人は一つになり、この輪は世界へと広がった。まだ現在は復旧への途上と言える。その道はまだほど遠い。
式典は東京からの映像を映し出し、安倍総理の被災者家族への追悼の言葉から、天皇陛下の「お言葉」では、「この苦しみをみんなでわかち合う事が必要」と御言葉を全国民にお話になられた。また、チリ国と南三陸町の高校生の音楽を通しての追悼の歌は、会場に響き参列した家族に強い癒しと、心の安静を与えてくれた。子供たちの文化をとおしての活動と復興は、町の復旧に大きな勇気と夢を与えた。
CIMG1646.jpg
磯の沢地区にしばらくぶりで行ってみると、大きな変化がここにもあった。被災前に葬儀会社として町の中心部で営業していた「山形屋」さん。今回の津波で全てを失い、県の補助事業を受けるものの、土地は何とか確保するが建設は、3.11を目標するが昨日でここまでが進んでいた。商工団地近くながら国道45号から、100m余り入った場所に建設される。
また、三陸道の高架が建設されていた。ここを通る? もっと山手の方だと思っていたが、商工台地ICができるので、間違いはないと思う。町の形成は大きくかわり、新しく町を見て見たい。だから私はこの町で暮らす事を決めた。
CIMG1660.jpg
また南三陸町だ新たなスタートとなった店を紹介したい。新井田地区に初めて飲食店ができた。「浜の屋」さんである。海の家や屋台風の店を天王山に開いていた。
新井田の奥にあった家も被災し、直後に津山総合体育館に避難していた。現在も津山から通っていると聞く。避難所での多くの支援者との繋がりが生まれ、その「縁」の力に寄り「南三陸再建」に貢献したいと、会社をいち早く開き、「復興ふくろう」の手づくりグッズを全国に発信し、南三陸町の現状を伝え、働く場を作り被災者支援にあたった。また、今回の「ラーメン店」は、町にボランティアで来てくれる方々への食の提供として、手軽な食事としての「ラーメン」を企画した。
駐車場も広く確保し「皆様の御出でをお待ちしています」と、店主の高橋さんとスタッフは言う。昨日は味噌ラーメンとギョウザを食べた。「炙り焼く豚」も絶品でした。
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