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2013
01/27

町との別離


昨日は運転中幾度となく携帯が鳴った。昨日の石巻地区は大吹雪の走行となり、時速20Kくらいの「のろのろ運転」が市街地にはあった。
家に帰ってから3回の電話への対応をした。「千葉さん帰らない事に決めました」、この決定の報告だった。最終的にはおばあさんの「新しくなる町を見たい」の希望よりも、子供たちの未来将来の事を優先したと言う。「必ず帰って来てください」と言い続けてきたが、この一年近く生活は何も変わらない現状に、子供たちの成長・自分たちの老いを考えての、苦渋の決断だと思う。1年から3年後に公営住宅ができ入居、また土地の造成整地にて買取り住宅建設と、多くの時間の経過を待ってはいられない、こうした被災者の現実を行政は理解していない。「一分でも早く」を求めているのに、計画どおり進めています、障害があったから遅れます。こんな言い訳は成長も老いも待ってられなく、何の理由にもならない。人口流出は待ったなしの状況まできている。これで又7人の人口が減る。
アルジェリアの地元出身の伊藤さん、「母思いの優しい人だった」はメディアでも伝え、「一関高専」の後輩にも、今の自分の世界での仕事を講演指導をしていた。実家は津波で被災し母親は仮設で一人暮らしていた。私の一つ先輩の弟さんががいる事を叔母から聞いた。優秀な家庭と言う。私の知人が事件が発生した16日、偶然にも一人暮らしの伊藤さんを家に招待し、「お茶のみ話」をしたと言う。人の突然の死と助け合う気持ちが、偶然にも同じ日にあった。
行政は「仮設住宅を町外に」や「移転用地」に関して、やはり「町有地」の活用で、人口の確保と流失阻止が出来たと声を大にして言いたい。町民がいなくなっての「町づくり」は、将来の南三陸町の存続という大問題となる。「南三陸町誕生から何一つ良い事がない」と言っていた、ご老人がいた「画数は破滅の数」という。何かがここから変わった気がする。
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