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2013
01/04

仕事初め


昨日は仲間4人と楽しい交流会となった。夜は二人を加え新年会になり、もっぱら町の復興の諸問題について語りあった。私たちは56歳となり、還暦まで4年となり、年金受給まで9年の年月を今後考え、生活設計を描く。自身の再建と町づくりとが互いに関係する中で、老後をどうしょうかと、少し先の生活への準備としての10年間を模索する。
正月2日松原公園を見に行った。震災後の街中の瓦礫は全てがここに集められ、松原住宅の4階近くまで達した。瓦礫の大型分別もなされ、最小までの分別は戸倉在郷の第二瓦礫置き場で行われ、焼却処理へとされる。石巻の瓦礫の分別処理で働く女性の姿をドキュメントしていた。150年間分の瓦礫があり、その瓦礫を分別する仕事に付き、この仕事を最後まで続けたいという。自分の関わるこの仕事で石巻を一日も早く綺麗したいと言う。氷点下となる外の仕事は想像以上に厳しいが、現場監督が「もう辞めてください」と言われるまで、今の仕事を続けたいと笑顔で語る。被災地にあり40歳なる女性ながら、こうした生き方をしている姿に頭が下がった。
写真は南三陸町の瓦礫の中にあったチリ共和国からのモアイの交流の記念碑と、丸い塔の上には町の天然記念物「いぬわし」が掲げられてあった。それか見られるまでに瓦礫は無くなっていた。被災後1年9か月が経ち、「やっと」とも思うが、あの瓦礫の高さと大きさを毎日のように見てきた私には、早いと感じ山が無くなった事への驚きは大きい。一歩づつだがこうした光景からも、復旧復興は進んでいるのだろうと感じる。
チリ共和国からの送られた本物の「モアイ像」が日本には届いている。その日は12月25日と聞く、南三陸まで来る日はまだ未定だが、クリスマスプレゼントと捉えたい。南三陸町の復興への願いがチリ国民から込められ、友好・親睦、子供たちの成長に寄与する事と思う。こうした事が新年発行の「モアイ新聞」書いてある。隅々まで読むと二つの町の古くからの繋がりが見えてくる。
我が社も仕事が始まった。家では母の訪問診察に来てくれた、長野のボランティアさんから、手作りのカレンダーが届いた事に父が喜んでいた。
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