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2012
12/24

クリスマス


こないだ志津川の仮設商店街に買い物に行った折に、商店街スタッフがツリーを飾っていた。セイターの広場が夜に雪の中で煌めく。今日の朝は今年一番の積雪となっていた。今日も道路の圧雪となり運転の減速で、事故の抑止に努めて欲しい。家族での「ホワイトクリスマス」となった24日の南三陸町です。
昨夜も午後6時30分にけたたましい消防のサイレンが鳴った。その後での防災無線での「歌津吉野沢のコミニティーセンター付近の火災」と聞く。友人がいるので電話するも出ない状況だった。こないだも町のゴミ処理場の「ペレット工場」での火災があり、気仙沼市では2人の焼死者を出す火災も発生した中での、今回の火災発生だ。やはり「住宅火災」で、吉野沢地区の人たちの炊き出しもなされたと言う。被災し多くの家庭が仮設で生活し、世帯が少なくなった中で、火事の発生率の多さの原因解明も必要と思う。
私も昨日は朝ご飯の準備で、弱火にしたガスをそのままだったと父親に指摘された。昨年はコンセントのブレーカー付きながら、コンセントが不接続で焼け焦げ、発火寸前だった。火の元のチェックと、家族での互いの確認で、防火は出来ます。
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昨日、歌津からの帰り「皿貝」の家でのイルミネーション」を見かけた。6時ながら真っ暗闇の中にイルミが輝く。被災前もクリスマス近くになると、皿貝の国道の一つの風物詩となている。
昨日は葬儀に参列し、被災後の別な状況を知った。残った家での被災者の受け入れ保護があり、高齢者の生活状況の変化で、入院が余儀なくされ、家族一丸となりで高齢者を見守った。「おじいさんとひ孫」との話だった。95歳での天寿を全うしての逝去を、最後まで家族が寄り添い看取った。また、介護施設のスタッフの心温まる触れ合いで、互いに生きる力も貰ったと言う。こんなドラマが被災後の南三陸町では、何処かしこであった。
母の実家で米を持ってきた。認知や足の不自由でベットでの、しゃべらず寝る事の多い母が、甥っ子の実家近所の話に、いっぱいの話をしていた。デイサービスでの4日間の生活は、前回とは違い母には良い結果となった。自分から話しかける事などなかった最近、この姿にまだまだ大丈夫との疾患となった。父には手が係るが家族三人で、一日一日を平穏に今後も過ごしていけそうだ。
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