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2012
12/08

津波再来


2月の今日、今年度の冬初めての大雪となった。被災地に降り積もる雪はさらに冷たく悲しげに感じた。防災庁舎にも深々と雪が降る朝6時30分です。
そして昨夜の震度4となった南三陸町の地震だが、石巻などは震度5弱と、昨年の地震のような感覚をもった。震度4ながら長かった、3.11は比べものにはならないが。この時は戸倉荒町の被害が無かった場所、そして両親も高台の倉庫、市街地とは違い、こんなにも地震発生で「避難」を考えない事は初めての体験となった。
街中に入る車の「規制」が警察により行われ、海岸部から多くの車が内陸へと、連なった車の列が会社の目の前を走る。夕方5時18分の地震から間もなく「津波警報」が発令され、当地方にも1mの津波が5時40分との到達時間が示された。6時には石巻鮎川に1mの津波が襲来した。携帯電話は繋がらない、あの時の状況となった。
3.11も地震発生から津波襲来、そして冷たい雪が降り始めた事を思い出す。自然の人間の行動に対する怒りなのか、震災復興よりも政治の混乱での選挙、自然の警告と合致するのが不思議だ。
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放射冷却の朝、旭の橙色が暗闇の被災の町を照らす。
昨日の津波警報が発せられた沿岸部の夜の通過は怖いと女性は口々に言う。女性だけではなく、総ての住民は東日本大震災の大津波を報道の映像で見て、その怖さに怯え、浸水域に居た全ての人たちが避難したと言っても決して過言ではない。
「こないだの津波を思い出してください」の、防災無線からの言葉が発せられた。この言葉は強く重いと聞いて思った。
私が生まれ育った志津川市街地の嵩上げ事業は、全てを今の近々におこなうべきか。それよりも高台移転などの住居の確保をするべき、との議論がある。行政の言う「土取り」の土の置き場の確保を言うが、この辺は解決できる問題と思う。
南三陸町民の人口確保は、長すぎる住宅確保でできない事で、しかたなくふる里を捨てて、町外へ行くという住民の話を多く聞く
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