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2012
10/17

鎮魂


ばっぱのごはん「ほったて小屋」が戸倉駅前に建物ができた。まだ営業はしていないが、おもしろいネーミングと店名表示は、専門家の企画かなと思える。また西戸の入口には「西城魚店」ができ大きな看板が上げられ、店内も設備が進み、開店を待つばかりかなと思う。自力再建での開店かと思うが、何もなくなった地域での建設は大変な事で、多くの店主の努力と協力の元に、やっとここまでたどり着いた先人達に頭が下がるし、見習うべき学ぶべき所が多い。「ほったて小屋」さんにはバス2台のボランティアさんの協力により、手作りの竹の塀がある。情緒たっぷりで被災地にはよく似合う。
昨日は入谷に「刺身が食べたい」と言う両親に、及川魚店の刺身を買いに出かけた。その帰りに消防署と役場の跡地により手を合わせてきた。
志津川消防署は今年の4月ごろ? 解体となったが、署員の最後までの避難誘導の末に命を落とした方が多くいた。その跡地には交差点の片隅に、小さな花が二つ置かれていた。この場所は「さんさん商店街の駐車場、多くの観光客が車を止めても判らない所にある。県合庁の日陰の片隅にあるが、私の亡くなったいとこは「俺はここでいいんだよ」と言う謙虚な人でもあった。しかし、余りにも人命救助に活躍された皆さんの「鎮魂」の心の薄い行政の対応と私は思う。「今は復興に全力で」と言うのだろうが、少しの気遣いぐらいはできると思う。
震災直後の殉職職員への対応、戸倉地区民への登米市への避難場所設置、今も仮設で暮らす高齢者への救済対策など、行政トップの判断と支持のなさに、何処を見ての政治行動と思い言い続けているが、差ほどの変化は今も行政にはない。
先月の「敬老会」の対象者への招待状が届かない方の理由として行政の説明を受けた。被災直後は各々が家族など遠くに避難した。そこから一次二次避難があり、現在の仮設での生活をしている。「郵便物の転居移転届けが出されていないから」とその理由を分析する。二回目の転居地に「案内状」がとどまっていたのではないか、誰も住んでいない時は郵便は返ってくる事で、転居していた事を把握し、転居先を探すと言う。
現在は「緊急雇用」などで、福祉士が仮設を廻っている。その方々の活動で解決できるし、自治会長・班長が仮設にはいる。こうした方々の活動で、問題が解決できるのではと話した。「初めての試みですのでご理解下さい」と言うが、案内を貰えなかった方への謝罪をと思う。ここまで多忙を極める? と言う職員に負担は掛けられないと、後日私がその説明に登米市に行こうと思う。
今の立場はするべき事が沢山ある。ローン問題・住宅再建問題・雇用問題・行政の監視・従業員の仕事開拓など、こちらもやるべき事が沢山ある。
今日は広報委員会で、昨朝は五時間かけて原稿を仕上げ、会議に安心して向かえる。
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