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2012
10/09

合掌


「おばちゃん元気!」、しばらくぶりで友だちの母の声を聴けた。震災後初めての話ができた。現在は南方仮設での家族との生活ながら、震災直後は仙台で娘さんの所にいた。その後体調を崩し入院していたと前聞いたので「げんきだ!」の声に安心した。父と川柳仲間で「また川柳すっかなー」と、嬉しい言葉を聞く、「志津川に帰ってきて下さい」に、「帰りでー」と、これがこのまで生きて来た町の人たちの真実の願いです。
昨日は悲しい情報も聞いた。グランドゴルフでお世話になった「清雄さん」の死だった。昨年の暮れに南方の集会所で、高台移転の説明会で疲れ切った元気のない顔を見た。奥様を津波で亡くし、そのショックは当人でしかわからない。お世話になった方への焼香には、葬儀は大雄寺であったが行われたものの、その日にちを知るには厳しい状況にある。「合掌」は震災前の家のあった場所で手を合わせてきた。何かせずにはいられない。
大川小学校の前には「慰霊塔」が建てられ、焼香台もあった。高台の道路沿いには学校の写真の入った「慰霊碑」もすでに立っていた。南三陸町には多くのボランティアさんのバスツアーがある。宿泊は「皆三陸ホテル観洋」に大部分がお世話になる。その数はこの連休は志津川市街地の支援活動の、瓦礫の撤去の数で判る。3・11から一年8か月が経つが、まだ防災センターの所には震災直後の「献花台」のままで、亡くなられた皆さんへの行政の「鎮魂の姿勢」として、余りにも淋し過ぎる。一日も早く現在の場所の近い、防災センターの見える所に「慰霊塔」の建立をお願いしたい。
志津川の仮設商店街の空きの2仮設が埋まりそうだ。入居には多くの不思議と、怒りの声も私は当初から聞いていた。大きな影響力が見える。私の知人も多く入っている。各々が再建復活の願いを込め仕事の復活を、事業主が叶えようとの出店があった。出店を諦め町外に出た人もある。そんな中で私の先輩二人が復活しそうだ。「寿司の弁慶」さん・「お好み焼きの田中前」さんだと聞く。多くの不安で出店を決めた。空きの二店が埋まらないままで、今に居たり一年目を迎えようとしていた。二人の先輩の店の帰郷は最近にない私の吉報です。あの田中前のスペシャルお好みを早く食べたい。ボランティアさんにも食べてもらいたい、南三陸町の志津川の味です。ぜひご賞味を!
京大の山中教授が「ノーベル医学生理学賞」を受賞した。「iPS細胞発見」である。受精卵が多くの体の臓器を作るが、人間の細胞を使い「受精卵」に戻す。これにより病気で無くなった臓器を受精卵から作れると言う。長く生きていると医学の進歩で、今まで治せなかった病気を治せると言う、「人類の夢」が叶おうとしている。まだこれからと山中教授は言う。もう一つ、私の是非見たいのが。「中島みゆきコンサート劇場版」が今度の土曜日「マイカル」で上映される。若かりし頃ラジオからは彼女の歌が常に流れていた。60歳を迎える彼女は今も現役で、今も「新鮮な樂曲」を世に送り出している。私も56歳まだまだ頑張らないと。
今日は南方の同級生のお母さんの、行政からの書類と土地問題の解消にお手伝いです。
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