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2012
10/07

頑張れ漁民


三陸沖が現在「海水温度以上」となっている。水産品も多くの影響を受けている。2週間前に「松嶋牡蠣」が大被害と報道があり、例年の2割の生産に留まるという。志津川は震災で牡蠣水揚げは被災前の10%で、一年物で今年の出荷を迎えている。しかし今後の被害を懸念する。
海水温は現在「25度」と言う。例年だと「5度」なのに対し、この差に魚が沿岸に寄らないと言う。秋サケの水揚げが岩手の釜石では、昨年9月の九分の一で、定置網で取材時には3本しか入らなかった。三陸沿岸「秋サケ漁」は、漁協水揚げの三分の一を占める。南三陸町魚市場の秋サケの漁獲高・水揚げ量も漁協の大きな収入源ながら、海水温の今後の動向は大いに漁民にも漁協を及ぼす。
被災地の厳しい漁業の現状に、再度の漁業への逆風となろうとしている。それは4年前からチリ国で「銀鮭」養殖が始まった。今年は本格的に日本への輸入が開始されると言う。国内の銀鮭養殖への価格の安値が心配される。11万トンものチリの養殖量は、日本と匹敵する?と言われる。国内の鮭の流通は、原発での売れ行き不振や、安値に生産者は苦しみ、今度は「海水温」「鮭輸入」のダブルパンチでの、南三陸町の水産業の現実がある。
写真は歌津の高架のバイパスが途中で途切れる、その向こうの伊里前の旧漁港で、残った新造された漁船が、港に浮かぶのが見える。大きな土嚢が地盤沈下の市街地を守っている。
昨日は震災後初めて石巻十三浜の浜を通った。以前の見慣れた沿岸の道路は以前の見る影もない。十三浜の総合支所は「ここが?」、と思い、釣鐘神社は周囲の家々が無くなっていた。「大川小学校」が十三浜浜からの橋を渡ったはもとにあった。この日も多くの方が慰霊碑に手を合わせていた。「何で山にあるのに」「山に逃げて行けば」と声が聞こえてきた。なぜと私も思うが、これは本浜地区の亡くなられた人々の行動に、解明の一つがある。「津波の方向に目を気をとめていない」があった。大川小も学校の校庭からは、北上川の状況が判らない。大きな堤防がその光景を隠している。立地も人の判断も色々の原因が複合して、大災害となり未来の地方の担い手の「子供たち」を失った。
南三陸町には現在進む「8.7m」の、防潮堤・川沿いの土手の建設がある。これで低地での仕事・生活でいざと言う津波の監視ができる。自己の目視で津波からの「自主防災」となるのだが、こうした観点からも、人の命を守る事を考えると、国・県の津波防災対策にも、改善の余地を思う。
今から気仙沼の結婚式場に行く、「祝辞」「歌」など身内のだけの結婚式ながら、何とか二人の記念となる式としたい。知人に勧められた長淵の「ひとつ」を歌おうと思う。
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