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2012
09/24

母の涙


夜中1時30分に目覚め眠れず今となった。
昨日の殉職遺族の話に行政トップと三役他の対応に、家族の激怒と涙に、行政の不満の更なる増加と、殉職家族の更なる仕打ちに興奮し、考えると眠れなかったのが実情です。
常々言うトップの「職員を守るのは私の使命」「町民のために」は口先だけのパホーマンスだった事が、これで確信へと繋がった。殉職した職員の今までのトップへの擁護や、決してトップを批判する事なく、守り続けてきた事への裏切りは許せない。
12名とも言われる家族の陳情、4人の幹部の家族への対応は、一家族づつの涙ながらの「防災センターの早期解体」の声に対し、町長は一言の発言もなく、口を開いた副町長の言葉は「13年10月の解体」だった。無情な町のトップの発言代弁、「私は言っていない」と逃げるのだろうか。来年の9月は町長・議会議員選挙がある。「保身」の為なのか、復興復旧対策だけを考えると言うのだろうか。
多くのトップの作り出す問題に、復旧補正予算議論への空転時間の無駄、責任は誰にあるかおわかりだろう。講演依頼がまだまだ自治体から要望されているが、支援の御礼の講演と訳を言う町長、これ以上「町づくり」の町独自の対策や施策思案の時間としての、町長の仕事から時間を削らないで欲しい。
今日は「大震災特別委員会」で陳情の5つが議会にかけられる。昨日の家族の話に「早期解体しかない」、自分の甘い性格考えは大きなミスに繋がり、一つの票で現在、町は良くも悪くもなり、町民の復興へのマイナスとなると、昨夜、知人の忠告で学んだ。こんな私の性格をも政治は利用する、こんな町の政治事情を感じる。
みなし仮設・仮設生活者の実情を本当に町は把握しているのだろうか。町は人口流出の現実を知らせていないのか。2か月ぶりで人にあった。その家族・親戚は6家族すべてが年内に登米市に移住すると言え。ショックは隠せなかったが、個々の生活の状況や家族を亡くした心境を思うと、「南三陸町志津川に居てほしい」は言えなかった。
北海道伊達市に移り住み「イチゴ栽培」を始めた山元町のイチゴ農家、2年をめどに宮城へ帰としていたが、農家はこのまま伊達市に住む事を決めた。伊達市の農家は「イチゴ苗」を購入し栽培していたが、山元町のイチゴ農家の苗からの栽培に驚く。建ててもらったビニールハウスを、今度は自分で建設すると言う。「ここで暮らす」との英断を農家は決めた。
今も南三陸出身者が支援を続けている「那珂市」で悲惨な事故が起こった。軽自動車を運転していた高校生が、二人死亡した。荷台に4人乗っていたという。秋の交通安全のプラカードを持つ町民が街頭に立つ、児童・生徒の交通事故撲滅に、町民が安全運転を訴えている。
写真は歌津伊里前市街地、仮設商店街には「あつみ」が大好きだった「ベガルタ仙台」のフラッグがたなびいていた。現在2位で彼の力が乗り移っかのようだ。

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