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2012
08/31

登米へ


商工団地に向かう左の山に造成が進んでいる。杉山だった所には重機が入り、「あっ」と言う間に家が建つ状況となった。その期間は10日前後だった。「終の棲家」として住民は土地を探す事にやっきとなり、南三陸町の進まぬ高台移転をあきらめ、登米市に多くの町民が移転している。
昨日は南方の仮設350世帯の内、一割は移転を決めていると、ショッキングな南三陸町の現状として、テレビの取材に仮設の自治会長が答えている。看護婦・ヘルパーさんなども子供たちや、将来の自分の家族と生活を考え、その多くが登米市への住居確保を進めていた。南三陸町に近く生活のしやすい商店がある場所として、登米市は最適と考えている。後押しするかのように登米市でも建設には支援策として、「200万円」を補助しているという話も聞く、調査中である。税制面でも救済策もあり、登米市の被災前の人口減への、改善への追い風が今登米市には今あるようだ。その影響は「わが町」の存続に大きな影響となる。
当初は志津川市街地の被災世帯は「2000世帯」だった。今、3地区の東・中央・西地区への移転希望は1180世帯と言う。入谷地区の災害公営住宅建設50戸があるが、この数字の異変を行政は伝えていなく、現在の人口動向も明確には発表していない。それは行政と町長のマイナスイメージ、町の消滅にもなりかねないからなのだろう。頭の痛い事ばかりが山積している。
もう一つの問題も報道されていた。町の公用請求事務が急増している。住所移転や被災地の買い取りによる土地の書き換えがあり、所有者の変更書き換えや、高台移転の土地の買い取り業務など、多くの町の書類の添付が求められる。平年だと800件が、4月~6月で「5386件」となり、20倍の戸籍業務となっている。登米市から職員支援も受けていて、登米市への依存の姿にその裏側を勘ぐってしまう。多くの住民は行政への救済策をあきらめていて、自力での生活再建が登米市への移転と繋がっていると思う。
海への期待は大きく、自然の再生力の凄さを、戸倉コミニティー会長の村岡さんは言う。「一年でこんなにもカキが大きくなりました」と、しかしながら、カキ処理場がまだ出来ていない。建設場所は冠水し港の嵩上げがされない、建設には至らず海の再生力に復旧工事がついていかない。南三陸町の美味しい「生カキ」を食べてもらう為にも、衛生処理場は欠かせなく、「食中毒」の怖さを漁民は知っていて、海再生への障害になる。
何処を重点事項として早期に進めるかの判断が行政にはあり、町の存続再建へカギはここにある。暗い事ばかりと知人にブログ指摘された。これが現実だからしかたがない。
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